ナジェージダ・プトゥーシキナ作『彼女が亡くなるまでに』

翻訳:大森雅子

※この作品は、俳優座劇場(鵜山仁演出)では『家族の写真』というタイトルで上演されているが、

以下の邦訳は、俳優座劇場での上演台本ではなく、翻訳者による下訳であることをお断りしておく。

 

3部のボードビル

 

登場人物

ソフィヤ・イヴァーノヴナ かなり年老いた婦人

タチヤーナ        ソフィヤの娘

イーゴリ         ソフィヤとタチヤーナの新しい知人

ジーナ          タチヤーナとイーゴリの「娘」

 

第一部

一部屋のアパート。そこに年老いた女性が2人。

すべてが古風で心地良い。何年も変わらずそのままである。

小型のタンス、食器棚、予約制の出版物がぎっしり詰まった本棚、蝶結びのついたカーテン、丸テーブルの上にかかった房飾り付きのテーブルクロス。どっしりとした椅子、場所ふさぎの肱掛椅子、ランプのシェード。

これらすべては薄明かりの中で見えるだけに、意味ありげで詩的、そして悲しげに見える。

部屋は3つの蝋燭の光で照らされている。

肩掛けを膝の上に置いている、年老いた女性(ソフィヤ)と、彼女の足の傍らで低い小椅子に座って、膝の上に本を置いているやや若い女性(ターニャ)の姿だけがはっきりと見える。

 

ターニャ (大きな声で読む)…彼らは腕を組んで、ディナーの間に入って行き、隣り合わせに腰を下ろした。天地創造以来、そんなディナーはまたとなかった。元銀行員の、ティム・リンキンウォーターの古馴染みが来ていれば、ティム・リンキンウォーターの妹も来ていて、ラ・クリーヴィー嬢にそれは何くれとなく気をつかってやり、元銀行員は、それはどっさりジョークを飛ばしてくれ、ティム・リンキンウォーターは、それはすこぶるつきの上機嫌で、小さなラ・クリーヴィー嬢はそれはお茶目な気分だったものだから、彼ら4人だけでも、ちょっと思いも寄らぬほどゴキゲンな一行だったろう。[1]

 

ソフィヤは長いため息をつく。

 

ターニャ (本から目を上げ、母を見る)ママ、どこか痛いところでもあるの?

ソフィヤ いいや、ターネチカ、気にしないでおくれ。

ターニャ (少し待ってから、続ける)そこへもって、ニクリビー夫人は、それはふんぞり返って得々としていた。マデリンとケイトは、それははみかみがちで愛らしい。ニコラスとフランクは、それはぞっこん参って得意げで、4人ともが、それはひっそり震えがちに幸せそうだ。はたまたニューマンは、それは控え目でありながら有頂天で、双子の老兄弟は、それはご満悦で目配せのしっぱなしだったものだから、老僕は御主人様の背後に突っ立ったなりテーブルにぐるりと目をやりながらも、涙でじんわり潤むのを感じていた。

 

ソフィヤは再び悲しそうに長いため息をつく。

ターニャ 続きを読もうか?

ソフィヤ それはとっても難しい質問ね。

ターニャ 聴いていて疲れたんじゃない?

ソフィヤ (ため息をついて)私は絶対にね、絶対におまえと話し合わなければならないことがあるのよ、ターネチカ、絶対に。

ターニャ (本を閉じて)162ページ。(本を本棚に置いて)夕食にしましょうか?

ソフィヤ 本当のことを教えておくれ、ターニャ、本当のことだけをね。

ターニャ わかったわ、ママ、何?

ソフィヤ 私が死んだら、おまえは楽になるかね?

ターニャ (跪いて肱掛椅子の前に身をかがめて、母の両手に頬を寄せ)私、ママのことが大好きよ!

ソフィヤ 私たち老人の多くはね、この世を去ろうとするときに、自分がいなくなることで近しい者たちの生活が楽になってほしいと祈ることによって慰められているものなの。私にはその慰めがないのよ。私が死んだら、おまえの生活はもっと悲しいものになってしまうんじゃないかと思って。

ターニャ 具合でも悪くなったの?

ソフィヤ ターニャ、どうか驚かないで、落ち着いて聞いてちょうだい。私には分かっているのよ、今日か明日にも死ぬ、ということがね。気が滅入って、滅入って、胸が締め付けられるの。

ターニャ 自分に暗示をかけているのね。先生を呼ぶわよ。

ソフィヤ もうすぐよ、もうすぐ…。死は怖くないの。ターネチカ、おまえのことで気が滅入るの。私は、夫もいない、子供もいない、近しい者もいないおまえを一人残していくのよ。おまえは娘の中でも最高の子よ。一体どこに正義があるっていうのかしら? なぜおまえは一人ぼっちで人生を全うしなければいけないのかしら? どうして? どうしてなの?!

ターニャ ママ、この世はオールドミスであふれてるわ!

ソフィヤ そんなことを口に出すんじゃないの! おまえは良い子なんだから! スタイルもいいし、高等教育だって受けているのよ!しっかり者で、やりくりもうまいし、インテリで悪い癖もないし…。

ターニャ オールドミスの古典的な特徴ね! オートミールがいい? それともお粥にする?

ソフィヤ ターネチカ! 私は真面目に話しているのよ。

ターニャ 私だって真面目よ。カッテージチーズとチーズ入りピロシキ、どちらにする?

ソフィヤ 私は一度もおまえに聞いたことはなかったわ。

ターニャ そういえば、しばらくオムレツを食べてないわね。どうしてそうしなかったのかしらね!

ソフィヤ おまえのこと、一つも言い当てることができないわね!

ターニャ (誘導する)それってオムレツのこと? 弱火で焼いて、粉チーズとセロリをつける?

ソーニャ 死ぬ前だから聞いておきたいことがあるのだけど、いいかい? これは私にとってとても、とても重要なことなんだよ。

ターニャ もちろんよ、ママ! 何でも聞いて! でも、その前に教えて。紅茶とコーヒー、どちらがいい?

ソーニャ おまえは今までに恋したことはあるのかい?

ターニャ もちろんよ。私ってすごく惚れっぽいんだから! 40年か50年前にね。(肱掛椅子をテーブルの方に近づけて)ほら、人参と林檎のサラダは絶対に食べてよ、今日は下剤なしで済ませたいからね。

ソーニャ それで、おまえ……関係はあったのかい?

ターニャ 関係? 何を言いたいの?

ソーニャ それは、つまり……どうか怒らないでおくれ……つまり男性と?

ターニャ 恐らくあったと思うわ。その男性たちとね。でも心配しないで! 全部昔のことだから!

ソーニャ おまえに過去というものがあったのかい? それもたくさん?

ターニャ 何がたくさんあったって?

ソーニャ ほら、その……関係っていうのかしら?

ターニャ たしか……2人……。サワークリームはこれで十分?

ソーニャ 2人?! それは一体いつごろのこと?

ターニャ 心配しないで、ママ! 2人、これが人生ですべてよ。

ソーニャ 2人?! 何て恐ろしいこと! 全部で2人だけだなんて!

ターニャ (威厳を持って)私は数を追い求めなかったの。

ソーニャ たった2人……。それは昔のこと?

ターニャ (笑って)だいぶ前のことね。

ソーニャ なぜその2人と結婚しようとしなかったのかい?

ターニャ 2人がそうしたがらなかったから!

ソーニャ 大ばか者だよ! それで、彼らは今どうしてるの?

ターニャ 私が知っている限りでは、2人とも結婚しているわ。

ソーニャ それで、おまえはその人たちとつきあいは続けているのかい?

ターニャ その人たちが結婚してからは、つきあっていないわ。

ソーニャ それは甘い考えだわ、ターニャ! その人たちは離婚して独身になったかもしれない。おまえのことを覚えているのは確かだと思うわ、そして自分の過ちに心を痛めて後悔しているんだわ。

ターニャ そうは思わないけど。美味しい?

ソフィヤ それで、その人たちの身辺調査を依頼したの?

ターニャ 一度もしてないわよ。ママ、今日はあまり食べないのね。

ソフィヤ もしおまえが結婚してくれていたら、私は幸せに死ねるのに。私が悪いのよ。私のわがままのせいで、おまえは1人取り残されるのよね!

ターニャ ママったら大げさね! もう一口食べて!

ソフィヤ 心にこんな石を背負ったまま死ぬのはつらいわ。

ターニャ やっぱり、お医者さんを呼ぶわ!

ソフィヤ 医者なんて私の心を癒してくれないわ。ただ1つ、1つのことだけ、もしもおまえが結婚してくれたら、私はおまえと離れてしまうという思いを受け入れられるのに。

 

ドアをノックする大きな音。

 

ソフィヤ 誰かノックしているわ! なんて変なことかしら!

ターニャ なにも変じゃないわよ! たぶん、お隣の方よ。

ソフィヤ ベルを鳴らさないで、ノックするなんて変よ。

ターニャ 停電しているからよ。(蝋燭を手に取り、ドアを開けに行く)

ソフィヤ それにしても変ねぇ。誰が来たか尋ねなさいよ!

ターニャ (ドアのそばで)どちらさまですか?

イーゴリ (ドアの向こう側で、ふざけて)くくう![2] タニューシュカちゃん!くくう!

ターニャ (ドアを開けながら、皮肉っぽく)くくう!

イーゴリ (いきなりバラの花束とシャンパンを彼女に突き出して)やあ、元気!(間違えたことに気づいて呆然として)…でなによりです、おばさん!タチヤーナさんをお願いします!

ターニャ 私がタチヤーナですけど。

ソフィヤ (部屋から)ターネチカ、そこにいるのは誰?

ターニャ 今行くから、今、ママ!

イーゴリ タチヤーナさんはあなただということですか?

ターニャ なにかお気に召さないことでも?

イーゴリ ここではあなたが唯一のタチヤーナさんですか?

ターニャ 私一人ですけど。

イーゴリ 確認してみよう! 第4バスターミナル、13番地、第3棟、31号室。

ターニャ 3―Bですよ。

イーゴリ 何ですって?

ターニャ 棟の名前ですよ、3-B。

イーゴリ ということは、3-Aがあるということですか?

ターニャ 当然です。3-Cも、3―Dも、3-Eもありますよ。

イーゴリ それじゃ、僕はアルファベットすべてを駆け回らなきゃいけない、ということですか? そして、そのたびに5階まで制覇しろ、と? あなたのところのこのフルシショフ・アパート[3]には、エレベーターが設置されていない!

ターニャ そう、ごめんなさいね!

イーゴリ まあ、いいでしょう、おばさん! どうってことないです! アドバイスありがとうございます!ちょっとすみません!(バラの花束とシャンパンを彼女から取り返して)歩いて下りることにしましょう! ここは、たまらなく臭いし、暗いですねぇ! よくぞここで死に絶えずにいられましたね?

ターニャ 蝋燭を持っていってくださいな。(彼の後に続く)

イーゴリ どうもありがとう、おばさん! 僕にはライターがありますので。(指ではじく)くそ! 上がってくる分しかなかったか! くたばっちまいやがった!

ターニャ 蝋燭をしっかり持っててくださいね! それから気をつけて! 時々そこに、足元の近くに、滑るものが落ちていることがあるから。

イーゴリ 蝋燭なんか持って外をよろよろ歩くなんて、なんだか十字架行進みたいですね!

ターニャ 真っ暗だわ。停電だからよ。たぶん、街灯もちゃんと点いていないんじゃないかしら。

イーゴリ 分かりましたよ、おばさん! ありがとう! さようなら!

ターニャ 気をつけてくださいね!(アパートに戻ろうとふりかえると、滑って転ぶ)いたた、いたたた……。

イーゴリ どうかしましたか、おばさん?

ターニャ (涙ながらに)なんでもないわ。気にしないでください!

イーゴリ 手を貸しましょうか?

ターニャ いいえ、結構よ……(やっとのことで立ち上がるが、声を上げる)いたた……。

イーゴリ (戻ってきて)どうしたんですか?

ターニャ 滑ってしまったの。隣の坊やがいつもバナナを食べては、皮を床に捨てるのよ。

イーゴリ どこも怪我していませんね、あなたの年だといろいろ大変ですからね。

ターニャ (怒って)あなたの助けなんか必要ありません! 行ってください!

イーゴリ 何おっしゃるんですか! 強くぶつけたんですか? 部屋まで連れていってあげましょうか?

ターニャ だって、すべて終わったことなんだから!(泣き出す)

イーゴリ どうして泣いているんですか?

ターニャ 泣きたいから泣いてるの! ごめんなさい! 気にしないでください! 私のママが今死にかけているの。

イーゴリ (少し黙ってから)お悔やみ申し上げます。でもここで俺は無力です。こんなときに金でなんとかなるってものでもないけれど。でも……受け取ってください!(金を差し出す)

ターニャ 気でも狂ったんですか?

イーゴリ 嘘偽りない気持ちからですから、せめてお金だけでもと思って。誰にでも昔は皆お母さんというものはいたものですよ!

ターニャ 私は物乞いなんてしていません!

イーゴリ 自分で思いついたことです! 僕にとって、こんなはした金、くそくらえ! 受け取ってください、気にしないでください!

ターニャ 全くどこまであなたはついでに私を貶め続けようとするつもりなの?

ソフィヤ (部屋から叫んで)ターネチカ! 何があったの? 心配してるのよ!

ターニャ (叫んで)ママ、今行く、行くわ!

イーゴリ 僕は助けたかったんですよ。それなのにあなたは何の根拠もなく僕につっかかってきたから! じゃあ!

ターニャ ごめんなさい!

イーゴリ 思い直してくれましたか? それならそのほうがいい! もらえるうちは、いつも受け取っておけ。これが僕の考えです。

ターニャ まあ、お金はいらないです! でも、部屋まで連れていってくださるほうがいいわ!

イーゴリ おやすいご用ですよ。僕の手を握ってください。

ターニャ バラの花束とシャンパンは私が持ちましょう。それから、蝋燭はあなたが持ったままでいいですね。

 

イーゴリはターニャをアパートへ連れて行く。

 

ターニャ 気をつけてください、マットがありますよ。ぶつけないように、もうここが部屋のドアですよ。

 

こうして腕にすがりながら、ターニャとイーゴリはソフィヤの前に現れる。

ターニャはバラの花束とシャンパン、イーゴリは蝋燭をそれぞれ持っている。

 

ソフィヤ こんにちは!

イーゴリ (とても悲しそうに)こんにちは!

ターニャ ママ、紹介するわ、この方は……この方は……。

イーゴリ (機転をきかせて、ようやく)イーゴリです、はじめまして。

ターニャ それで、こちらは、こちらは……。

ソフィヤ 今日は人の名前を全部忘れてしまったのかい、ターネチカ?

ターニャ ソフィヤ・イヴァーノヴナです。私のママよ。

イーゴリ この方が、あの……。

ターニャ そうそう、あなたにいろいろ話した。

ソフィヤ (イーゴリに)あなたはターニャと知り合って長いの?

イーゴリ (時計を見て)そうですね、おそらく340…。

ターニャ (割り込んできて)40! ちょうど40!年! 時がたつのはなんて早いんでしょう! ね! そうよね、イーゴリ?

イーゴリ 僕ならおどろくほど早い、と言うでしょう。

ソフィヤ 本当に、本当にお会いできてうれしいわ! おかけになって、イーゴリ! そうお呼びしてよろしいかしら? あなたはそんなにお若くはないけれど、私の方がいくつも年上ですから。ターニャ、どうして夕食にお客さんを招いたことを教えてくれなかったの?しかも、礼儀正しく花束とシャンパンを持ってきてくださって! すぐに何か準備しなさい! オートミールではシャンパンのおつまみにならないじゃない! バラの花束を私に渡してちょうだい! いい香りだこと! 若返って幸せな気分だわ! うちには、ずっとバラなんてなかったわね! ターネチカ、イーゴリのコートを受け取ってあげなさい! それから台所に行きなさい! 私とイーゴリはここで少しお話をしているからね。

ターニャ (イーゴリに)あなたのコート、お預かりします!

イーゴリ いや、僕は、もう行かなければ!(バラとシャンパンを見て、バラは置いていくことに決めるが、シャンパンは手に取る)

ソフィヤ シャンパンを開けてくださいな! これは、これは、なんて教養のある方なんでしょう! バラとシャンパンを持って来られて、ちょっといらっしゃっただけで、それですぐにお帰りになるなんて。それは少し古めかしすぎやしませんかね。いいえ、私はあなたを帰しませんよ! まずは、コートを脱いでくださいな!

 

イーゴリはコートを脱いで、ターニャに渡す。

 

ソフィヤ 私はわからないわ、何をぼーっと立ってるの、ターニャ? なんでもいいから準備しに行きなさい! その間私はここでイーゴリと少しお話をしているからね!

ターニャ (イーゴリに)大丈夫ですよ! すぐに戻ってきますから!(部屋を出る)

ソフィヤ (イーゴリに)ターネチカは私にね、あなたのことをいろいろと話してくれたわ。

イーゴリ 僕のことを話したんですか?

ソフィヤ もちろんよ。あの子には話題にすべき人はいないもの。

イーゴリ あなたは僕を誰かと取り違えているんですよ!

ソフィヤ 私の足は役立たずなことは確かだけど、頭はごらんのとおり、おかげさまで、完全にしっかりしているのよ!

イーゴリ すみません、あなたを怒らせるつもりはなかったんです。それにしても、ターニャさんは僕について一体何が話せるっていうんでしょうか!

ソフィヤ 驚かないでくださいな、でもいいことばかりですよ。あなたは疑問に思ったことなんてないでしょう、どれだけターニャがあなたにすばらしく接してあげているか!

イーゴリ 確かに、疑問に思ったことはありませんね!

ソフィヤ 私にはもう分かってしまったわ、あなたはなぜかご自分に自信がおありでないのね。それは無意味なことよ! そう、間違いは犯してしまった! でもそれは過去のこと! すべて失われたわけではないの! それに自分のお年にがっかりしないことですよ! あなたには、まだ幸せは十分、十分ありうることですからね!

イーゴリ どんな幸せでしょうか?

ソフィヤ もちろん、家族の幸せです。それ以外にはこの世にはありえません。

イーゴリ 僕は個人の幸せのほうがいいですね。

ターニャ (入ってきて)イーゴリはいつも冗談を言うの。40年間冗談言っているのよ。ほら、オレンジと、あとは野菜の料理ですよ!(イーゴリに)なにをお取りしましょうか?ビタミンたっぷりのサラダにします? オートミール? カッテージチーズ?

イーゴリ ありがとう。オレンジにしよう。

ソフィヤ 男性は絶対にオレンジだけで栄養を摂ってはいけません! あなたは、なんてシャイな方なの! それに、何とも印象的なお方ね! ターネチカ、イーゴリに少し多めにお粥を入れてあげなさい!

ターニャ (イーゴリに)シャンパンを開けましょうか、どうします?

イーゴリ (立ち上がって)この続きは、私抜きで。お知り合いになれてうれしかったです!(部屋を一気に後にする)

ターニャ (蝋燭を取って、彼の後を走って追う)ちょっと待ってください!

イーゴリ (すでに廊下で)あなたがお住まいのこの僻地で、花とシャンパンはどこで買えますか?

ターニャ お金は今あなたにお返しします!

イーゴリ お金はいりません!

ターニャ それならもう15分だけいてください! お願いですから! そうしたら、お店まであなたをご案内しますから! ママのためにも! だってママは死にかけているんですよ!

イーゴリ 僕は医者でもないし、聖職者でもない!

ターニャ すべて打ち明けますから! 15分だけ!

イーゴリ いいでしょう、ただ電話しなくちゃいけない。

ターニャ どうぞ、どうぞ、お好きなだけ。それは問題ないです。ほら、電話です。(イーゴリに蝋燭を渡して、礼儀正しく部屋へと去っていく)

 

イーゴリはダイヤルを回す。

部屋の中。

 

ソフィヤ (ターニャにこっそりと)この人が、あの2人のうちの1人?

ターニャ (あいまいに)ほとんど……

ソフィヤ で、2人のうちのどちら?

ターニャ あとでね、ママ!(イーゴリの方へ去る)そのままでは、かけづらいでしょう。蝋燭を渡してくださいな。(蝋燭を取り、高い位置に上げる)

イーゴリ (電話がつながる)タニューンチク! うさちゃん! このとおり、おくれちゃったよ! 子猫ちゃん、30分後には行くからね。僕?会議だよ!そのね、突然のことだったからさ、しかたなくってさ! 怒らないでくれよ、僕のこねずみちゃん! いや、僕の小鳥ちゃん、そんなにかからないから! 熱烈なキスを贈るよ! 僕のとげとげのはりねずみちゃん! くくう!(受話器を置く)

ターニャ どうせだったら、小鳥ちゃんにどの棟に住処の巣があるか、聞けばよかったのに!

 

電話が鳴る。

 

ターニャ (受話器に向かって)もしもし! いいえ、アパートですけど。誰が住んでるって?私が住んでいますけど。それで誰に代われって? 何? 何?(受話器を置いて、イーゴリに)ののしり言葉に変わっちゃったわよ。たぶん、あなたに電話だったみたい。たぶん、あなたの雑種動物ちゃんが電話してきたみたいね。

イーゴリ 誰だって? くそ! 彼女のところの電話は着信履歴が残る機能がついているんだ! 彼女は何て?

ターニャ 彼女はね、私がブロンド髪であろうと染め髪であろうと、私の足元につばを吐きかけてやりたい、たとえ私の足が頭から生えていたとしてもね、と言っていたわ。それに、性的魅力がある私の容姿は、彼女にとっては絶対に……どうでもいいってことにしておきましょう。

イーゴリ あなたのことを悪党呼ばわりしなくってよかった!

ターニャ しなかったかって? そうお思いですの? それは勘違いですよ。

イーゴリ 悪党呼ばわりしちゃいました?

ターニャ 当然!

イーゴリ で、どんなふうに?

ターニャ よくあるようなものよ!

 

間。

 

イーゴリ ひょっとして?

ターニャ 残念ながらね。

イーゴリ 申し訳ない!

ターニャ あなたがどうして謝ることがあるのかしら?

イーゴリ 彼女は気性が激しくて。まだたった20歳ですから!

ターニャ 20?! 一体どんな会話を彼女としていらっしゃるの?

イーゴリ いや、僕らはほとんど会話なんてしてません!

ターニャ 20歳! それで、彼女は私に嫉妬したわよ!

イーゴリ 彼女が? あなたに?! そう感じただけですよ!

ターニャ あのですね、彼女と話しているほうが、あなたとなんかよりも楽しかったわ!

イーゴリ 彼女はあなたに一度だって会ったことはないですからね!

 

電話が鳴る。

 

イーゴリ (ターニャに)受話器を取らないで! 僕に電話ですから!

ターニャ 時には私のところにも電話がかかってくるんです!(受話器を取る)ああ、うさちゃんね! もしもし。ただ今、こねずみちゃん、彼に代わるわ! もう受話器を渡すところよ、子猫ちゃん! じゃあね、はりねずみちゃん!(イーゴリに受話器を渡す)

イーゴリ (受話器に向かって)ターニ……、ターニ……、女たらしは誰かって? 誰の足だって? 彼女にはそもそも足なんかないんだ!!!

ターニャ なんでそんなこと? あるわよ! ありふれた足だけど! ちゃんとしたものが!

イーゴリ 誰がブロンド髪の女だって? 彼女は60より下ってことはないよ! 誓って言うよ!

ターニャ 誓ったって無駄よ。私、50……9歳だもの。

イーゴリ でも、ターニ……、(明らかに、向こう側で受話器が投げられ、切られた様子)ほら、このとおりさ。(ターニャに)なんてことしでかしてくれたんだ?! あなたに分かるものか、僕が彼女にどれだけ入れあげたか?! 二週間! それ以上だ! もうたくさんだ!(コートをつかむ)

ターニャ 行かないでください! なんてママに言ったらいいのよ?

イーゴリ たとえ博愛精神があったとしても、あなたのところには居られない!

 

電話が鳴る。

 

イーゴリ 今度こそ僕に電話だ!

ターニャ 私のうちで受話器を取らないで! それは私の名誉を毀損することよ!

イーゴリ 何だって?

ターニャ あなたにはわからないでしょうね! (受話器に向かって)そうよ、足なしで60歳なのは私よ。そうね、あなたのところでイーゴリを殴ってやりたいわ。

イーゴリ 何を言ってるんです? 受話器をかしてください!

ターニャ 私に電話なの! 私に! 蝋燭でも持ってればいいじゃない!(蝋燭をイーゴリに突き出して)あなた、イーゴリについてそんな考えを? 私は違うわ! 彼はいい人で心は広いわ! 彼は気高いし、お行儀もいいわ! それに、だいたいかっこいいじゃない!!!私は誰かって? ありがとう! その他には誰だって? ふーん、あなた、とっても私を喜ばせてくれるわね! 私はどんな女かって? ありがとう。私、自信が持てるようになってきたわ! そんなことまで?! あなたのおかげで、子猫ちゃん、私は自分の年を意識しなくなってきたわ! イーゴリに代わる? その必要はないって?! ああ、あなたは私に電話をしてきたのね?! 感激だわ! どんどん電話してきて! わかったわ、喜んで、イーゴリに伝えておくわ! お元気で! あなたとお話できて楽しかったわ!(受話器を置いて、イーゴリに)あなたが心配しないように伝えてほしいって。こねずみちゃんは、今晩一緒に過ごす人がいるんだって。

イーゴリ あなたのところに居つづけると危険なだけだ!(蝋燭を彼女に押し返して)持っててください!(ダイアルを回す)くそ! 出ない! 何でこんなことをするんです? あなたの年で?!

ターニャ それって、私の年があなたの御気に召さなかったとでも? あなたご自身はおいくつなの?

イーゴリ 僕は男ですから。

ターニャ それって、男性の年は2年間で1年しか年を取らないってこと?!

イーゴリ じゃあ、何歳に、何歳に僕は見えます?

ターニャ 50歳くらいかしら……。

イーゴリ (気をよくして)本当に?……。

ターニャ だってここは暗いから!

イーゴリ 僕はよくわからないままあなたのアパートのベルを押しました。そしたら、あなたが滑った。それで、僕は紳士のように振舞った……。

ターニャ でも、5分と紳士でいられない! それなら、そもそも何もし始めなければよかったんですよ!

 

イーゴリが突然痛がり、おなかを押さえる。

 

ターニャ どうしたんです?! 発作?

イーゴリ 胃炎です!

ターニャ 何でもいいから食べることよ! すぐに! オートミール、ほらこれを食べればしっかり立てるわ!

イーゴリ そうだ、あなたのオートミールをください!

ターニャ (彼の手を引いて部屋へ行く)はやく! すごく痛い?

イーゴリ 何とか!

ターニャ 座ってください。お粥はすぐ目の前よ! 食べてください!

ソフィヤ ターネチカ、バラを忘れているわ! 花瓶に入れなさい!

ターニャ (イーゴリに)食べていてください! 今行くわ!(バラを持って出ていく)

ソフィヤ (イーゴリに)食べてはだめです! まずはシャンパンを開けてくださいな!

 

イーゴリはあからさまに残念そうにしながら、スプーンを置き、シャンパンを開け始める。

 

ターニャ (花瓶に入れたバラを持って戻ってきて、イーゴリに)何をしているのですか? 食べてください! シャンパンは必要だったでしょ!(花瓶を置いて、イーゴリからシャンパンを取り上げる)

ソフィヤ ターネチカ、いいこと、シャンパンの栓を抜くのは男性の仕事よ。

イーゴリ (ターニャからシャンパンの瓶を取り上げようとして)失礼、僕が開けましょう!

ターニャ あなたはこの瓶にひっついてしまったの? 食べてくださいな! 私が自分でなんとか開けますから!

 

コルクが泡と一緒に飛び散る。シャンパンが流れてイーゴリの背広をよごしてしまう。

ターニャ まあ、ごめんなさい! たぶん、高いスーツなんでしょう?

イーゴリ そうですね、新調したばかりで。(ハンカチでスーツを拭く)

ソフィヤ ターネチカは、アルコールを飲んだことは一度もなくてね! アルコールをどう扱ったらいいか分からないだけなの! 私たちはお酒を飲まない家族なの、打ち明けづらいのだけど。

ターニャ (イーゴリに)ごめんなさいね!

イーゴリ もういいですから! ところで、今ここに、グラスがあったらいいですね。

 

ターニャは急いで3つグラスを差し出す。

イーゴリはグラスごとにシャンパンを注ぎ入れようとする。

 

ターニャ (あわててグラスを一つさっと脇へ引き寄せて)ママはだめよ!(2つ目のグラスを脇にやって)あなたもだめですよ!(3つ目のグラスを引き寄せて)ほら、こっちに注いでください! 私が飲みましょう。

ソフィヤ ターネチカ、イーゴリにも少し飲ませてあげなさい。彼はアル中には見えないわ。

ターニャ シャンパンはオートミールと一緒にね!(イーゴリに)ほらもう少しお粥を足してあげましたよ! ママ、冷たい紅茶をグラスに入れたから、そこに一滴シャンパンを垂らしてと。さあ、飲みましょう! つまり、乾杯しましょうね、でも私は一人で飲むわ。

ソフィヤ ターネチカ、イーゴリに飲ませてあげなさい!

イーゴリ ご心配なく。僕は飲みませんから。

ソフィヤ お飲みにならないって? でもどうして?! なにか理由でもあるのね!

イーゴリ 車を運転しなきゃいけないので。

ソフィヤ まあ、あなたは運転手をされているのね! すばらしいご職業だこと!

イーゴリ 僕は会計士です。

ソフィヤ 運転手と会計士でいらっしゃるということ?

イーゴリ 会計士だけです。

ソフィヤ それじゃ、どうして運転を? 会計士が車の運転? それは変ねえ!

イーゴリ 僕は車を持っているんです?

ソフィヤ ご自分の?

イーゴリ そうです。でもどうしてそんなことに驚かれるんですか?

ソフィヤ あなたの車はどこで?

イーゴリ と申しますと?

ソフィヤ いったいどこから車を?

ターニャ ママ、そんなぶしつけな質問はしちゃだめよ!

ソフィヤ 宝くじで当たったとか?

イーゴリ いいえ。

ソフィヤ 遺産で?

イーゴリ ただ買っただけですよ。

ソフィヤ 買った? 車を? たぶん、そんな単純なことじゃないでしょう! 人生すべてをかけて貯金したんでしょう! 何もかも節約して!

イーゴリ 何もかも節約した時期はありましたね。でも驚いたことに、その当時は貯金がどうやってもうまくいきませんでしたね! でも、今は普通にちゃんと稼いでいますので。

ソフィヤ たぶん、いくつかお仕事をされているんでしょう? あなたのお年でそんなへとへとになるまで頑張ってはいけないわ!

ターニャ 飲みましょう。正しくは、乾杯をしましょう、でも私は一人で飲むけれどね。

ソフィヤ (グラスを上げて)イーゴリ、あなたとターネチカに乾杯! 今回はあなた方がすべてうまくいきますように!

イーゴリ 思っていたより、かなりうまくいってますよ。

ソフィヤ なんて素敵におっしゃるの! あなたに乾杯!

ターニャ (一気に飲んで、笑う)頭ががんがんしたわ。

ソフィヤ 慣れてないからよ。イーゴリが飲まないでオートミールをつまんでいるなんてとてもばかばかしく見えるわね。

イーゴリ オートミールなんて50年ちかく食べていませんよ! 子供のころママが無理やり食べさせようとしたものです。こんなふうに言って。「オートミールを食べなさい、ガーリク、勇者になれないわよ!」って。言うことを聞けばよかった。だから勇者にはなれなかったんですね! とっても美味しいですね。その分を取り返そう。(ターニャに)もう少し足してください!

ソフィヤ (イーゴリに)あなたって楽しいお客さんだし、ありがたいくらいによく食べてくださる方ね。

イーゴリ 家庭料理を食べるのが好きなんです! どなたでもお知り合いの方にこういう僕のことを推薦してくださってもいいですよ。

ソフィヤ ターネチカ、私はおまえのイーゴリがとっても気に入ったわよ、とっても。ところで、あなたはどうやってターニャを探し当てたのかしら? 何年ぶりなの?

イーゴリ おそらく、単についていたということだと思いますよ。

ソフィヤ うまいことおっしゃるのね。男性らしいわ。全く期待していなかったということ?

イーゴリ それに本当に思いがけなかったですよ!

ソフィヤ 私だって、私の人生の最期にこんなに望ましいプレゼントが運ばれてくるなんて思ってもみなかったわ! 何にも分からなかったわ、何も!

イーゴリ 全くその通りです! もし、今日僕がお二方に……こんなに魅力的なご婦人たちに囲まれてオートミールを食べることになるとあらかじめ言われていたとしても、1時間前だったら笑って済ませていたでしょうね。

ソフィヤ すばらしい乾杯だわ! グラスを持ちましょう! 今日はね、ターネチカ、3人のために飲むのよ!

 

皆でグラスを触れ合わせる。

ターニャは飲み干し、笑い出す。

 

ソフィヤ 私たちのターネチカは、今日はなんて幸せそうなのかしら! あなたがいらっしゃるからよ、イーゴリ。あなたたちは40年会っていなかったんでしょ! どうかしら、ターネチカは変わったと思われます?

イーゴリ いい方向に。

 

ターニャはグラスに注ぎ、一気に飲み干す。

 

ソフィヤ 調子に乗らないの、ターネチカ、楽しみも悲しみもほどほどにしなきゃだめよ。

イーゴリ ターニャは今日たくさん飲んでいると思われますか? 何をおっしゃいます!40年前、彼女はどれだけたくさん飲んでいたか思い出しているところですよ! みんなを飲み負かしたんですよ!

ソフィヤ おまえはそんなに酔っ払うほど飲んだことがあるのかい、ターネチカ? まあ、誰にでもあることよね。

ターニャ (イーゴリに)何をばかなこと言うの?

イーゴリ それは昔のことですからね! いまさら何を隠すことがありましょうか?(ソフィヤに)ソフィヤ・イヴァーノヴナ、僕は、ターニャがテーブルの上で夢中で踊っていたことをずっと忘れませんよ! どれだけたくさんの居酒屋が彼女に拍手喝采したことか!

ソフィヤ (ターニャに)おまえ居酒屋に通っていたことがあるのかい?

イーゴリ 男らが彼女を無理やり引っ張ったんですよ! 僕は嫉妬で気が狂いそうだった!

ソフィヤ 母親が誰よりも一番最後に自分の娘について真実を知る、ということは本当だったのね! 今となっては、あなたがなぜその当時にターニャと結婚しなかったのかがよく分かるわ! でも今の彼女は、全く別人ですからね!

イーゴリ うーん、分かりません……。どうでしょう、確信できませんね!

ターニャ イーゴリも変わったのよ。もっと大胆になったわ! そしてママ、今日ね、やっと私に思い切ってプロポーズをしてくれたの!

ソフィヤ ターネチカ、お嫁に行くの? イーゴリのところへ?! なんていう幸せかしら!

ターニャ 私はちょっと考えないといけないことがあるの、ママ!

ソフィヤ ちょっと考える? 何を?!

イーゴリ ターニャにはっぱをかけないでいいですよ、ソフィヤ・イヴァーノヴナ。僕は待ちますから。

ターニャ ありがとう、イーゴリ! 私たち、すばらしい夜を過ごせたわ! あなたが急いでいるのは分かるわ。イーゴリを帰してあげましょうね、ママ!

イーゴリ 僕を帰してもらうことなんかないですよ! 僕はもうどっちにしてもどこへも行くところがないから! ほら、まだカッテージチーズを食べていなかったな! 僕の心に40年前の昔の思い出が込み上げて来たよ。

ターニャ ごめんなさい、イーゴリ! ママは休息が必要なの!

ソフィヤ このイーゴリのおかげで、長い間生きてきた中で、初めて休息を感じているのよ。

ターニャ わがままになるのはやめましょう、ママ! ありがとう、イーゴリ、もしお気に召さないことがあったとしたら許してくださいな。

ソフィヤ お気に召さないことって? すべてがすばらしいじゃない! あなたたちは理想的なカップルになれるわ! イーゴリ、あなたはそろそろ年金生活に入るのでしょう?

イーゴリ 年金生活にはあこがれていません。働く方が好きですし。年金生活で何ができるっていうんでしょうか?

ソフィヤ 何ができるかって?! 人生で一番良い時期ですよ! あなたは年金生活! ターネチカも年金生活! なんてロマンティックなんでしょう! 土地を買いなさい! 小さな家を建てるのよ! 私たちは、ある程度貯金があるわ! ターニャは野菜を育ててくれるでしょう。あなたは、まさか自然に囲まれたところにご自分の家を建てることには反対されないでしょう?

イーゴリ 反対しませんよ! 僕にはすでに家がありますから!

ソフィヤ あなたは別荘もお持ちなの? それはどこに?

イーゴリ カナル[4]にあります。

ソフィヤ カナルに? それじゃ、どんな土地? そこは広々としているの?

イーゴリ はい、広々としていますよ。

ソフィヤ それでその家は? 小さすぎるということはない?

イーゴリ そんなことはないですね。

ソフィヤ それじゃ、森は? 小川は? すぐそばにあるの?

イーゴリ どれもちょっと遠いです。

ソフィヤ なぜ、そんな場所を選んでしまったのかしら?! 森もない!小川もないところに! それじゃ、その土地にはなにか植物でも育っているのかしら?

イーゴリ 何かしらのものは生えてますね。

ソフィヤ それじゃ、それを世話してあげる人はいるのかしら?

イーゴリ 誰もいませんよ。勝手に生えているだけです。

ソフィヤ 男の方の話を聞くのは面白いわね! 勝手に生えているだなんて! それで、どんなものがあなたのところには勝手に生えているのかしら? イラクサ?

イーゴリ たしか、オレンジだったかな。あまりそこには行かないもので。その時間がないんですよ!

ソフィヤ オレンジ?! なんですって? カナ……ヴァ? どこかで聞いたことがあるけれど、ちゃんと思い出せないわ。それはどの通りにあるの?

ターニャ ママ、それはスペインにあるのよ!

ソフィヤ スペインにある土地? そんなに遠くに! でもどうして? そんなの不便じゃない! それに高いし!

イーゴリ それどころかあちらの方が安いくらいですよ。

ソフィヤ ターニャ、何か少しでも理解できたかい?

ターニャ 少しはね。私にはそれで十分すぎるくらいだけど。

ソフィヤ それなら私にも説明してちょうだい!

ターニャ 説明しましょう!

ソフィヤ まあ、私ったら、人生に遅れをとってしまっていたのね! 私たちの時代はスペインに土地なんてどんなことがあっても買わなかったものよ! ひょっとしたら、それも悪くはないのかもしれない! 人生は何ていうか、より華やかになりつつあるのね!

イーゴリ それじゃ、僕はそろそろ本当に時間なんで! お知り合いになれて嬉しかったです。楽しい夕べをどうもありがとうございました!

ソフィヤ いいえ、イーゴリ、そんなふうには私はあなたを帰しませんよ。ターネチカ、私の向きを変えておくれ! イーゴリ、あなたは洗礼を受けられましたか?

 

イーゴリは当惑する。

 

ターニャ つまり、お母さんはあなたに洗礼を受けさせたかって?

イーゴリ かなり昔のことです。子供のころに。

ソフィヤ それでもう十分です! 私のところにちょっと来てください! ここに立って! ターネチカ、イコンをはずしてきて、渡しなさい!

 

ターニャは壁からイコンをはずし、ソフィヤに渡す。

 

ソフィヤ おまえもイーゴリのそばに立って!

ターニャ ママ、何を思いついたの?

ソフィヤ 私は時間を無駄にしたくないの。もう私は死ぬというのが分かるの。明日にでも。少なくとも1週間後にはね。子供たち! 神様があなたたちを祝福してくださるでしょう! 末永く、そして仲むつまじく生きていきなさい! お互いをいたわりあって、幸せになりなさいね! あなたたちを祝福してあげましょう!

ターニャ ママ!

ソフィヤ 邪魔しないの! これは女性の人生で最高にすばらしい瞬間なのよ! 今私は、あなたのお父さんと一緒に祝福された時の様子を思い出しているところよ、ターネチカ!私たち、あんな恥ずかしい場面を人に見られてしまって……[5]まあ、こんなのはどうでもいいわ……。それであなたのお父さんは私に婚約指輪をプレゼントしてくれたの。(手を見せて)今となっては、もうはずすことはないわ。この指輪と一緒に私は葬られるの。それから私たちは教会で式を挙げたの。ターネチカ、イコンを戻しなさい! ところで、教会で挙げる式についてどうお考えかしら、イーゴリ?

イーゴリ 教会の式一般についてですか? 美しいことですよね。

ソフィヤ ターネチカ、約束しておくれ、イーゴリとおまえは教会で式を挙げるということを!

ターニャ ママ、何も急いで決める必要はないわよ!

ソフィヤ イーゴリ、ターネチカはとっても気高くてね! 一度も男性のところに身を投げ出すことなんかしたことがないのよ! 一度も! ほら彼女の友達なんて、ご存知かしら、どんなことをしたか?

ターニャ ママ、イーゴリは私の友達のことなんて興味ないわよ!

イーゴリ それは間違っていますね! 僕はここではどんなことにも興味ありますよ!

ソフィヤ ほらごらんなさい、ターネチカ、おまえは間違ってるわ。イーゴリは本当におまえのことを愛してくれているのね。彼はおまえのことは何でも興味があるのよ。さて。その友達は道端で気に入った男性を見つけると、すべって転んだふりをしたの。さらにその男性につかまって、家まで帰れないわ、とか言いながら、家まで送ってもらうように頼んだのよ。それで結局、彼女は8回もお嫁に行っているのに、うちのターニャはまだ一度もないなんて!(ターニャに)自分の男性には、よその女性がどんな悪巧みを仕掛けそうか、警告しておかないとだめね!(イーゴリに)でも、ターニャだけはちがうわ! いいえ、ターニャはちがうの! 結婚式はいつ? だって、結婚式をするつもりなんでしょう? ささやかなものでいいけど、必ず結婚式をするのよ! いつになるかしら?

ターニャ そんなに急かしてほしくないわ!

ソフィヤ 急かしてはいけないけれど、延期するのも意味ないわ! 一週間後っていうのは、どう?

イーゴリ 僕たち会計士は今、年度決算報告があるから。年度決算に結婚式……と何もかも一緒くたにしてしまいたくないのですよ。

ソフィヤ そのとおりね、一緒くたにするのはよくないわ。報告書を提出するのはいつになるのかしら?

イーゴリ 31日までです。でもその後にはすぐに四半期の報告があります。415日までにね。それにその後には……。

ソフィヤ そこまで生きられないわ。私はそろそろだという予感がするの、イーゴリ。残されたのは、あともう一週間、それだけよ。もちろん、頑張ってはみますけれどもね。

イーゴリ ただ僕たちのせいで、ご自分の計画を変えないでくださいね!

ターニャ イーゴリ!

ソフィヤ ところで、もし私が死んだら、あなたたちは喪に服すために結婚式を1年以上は延期することになるんでしょう?

イーゴリ 何をおっしゃるんですか?! 現代に喪に服す人なんて誰がいるでしょうか? それも1年間もだなんて!

ターニャ イーゴリ!

ソフィヤ 明日もう少し早く私たちのところへいらっしゃい! みんなで話し合って、最終的に決めましょう。

ターニャ それはできないわ。明日にはイーゴリは出張に行ってしまうんだもの。

イーゴリ 僕が? 出張だって?!

ソフィヤ どれくらい?

ターニャ 半年だって。

ソフィヤ それじゃ、決算報告はどうなるのかしら?

ターニャ 出張先で完成させて送ることになっているのよ。

ソフィヤ 私ではなくて、ターネチカだったらあなたと一緒に行くことだってできるじゃない、イーゴリ。ずっと、ずっと私はこの子の人生の邪魔者だったのだしね。

ターニャ イーゴリと一緒に私も行くなんて、それはできないわ! ママは想像できないでしょうね、どこに私を行かせようとしているか?

ソフィヤ どこに私はおまえを行かせようとしているの?

ターニャ ツンドラ地方へよ! 永久凍土地帯へよ! 犬橇で移動するのよ。魚を食べてね! 生魚をよ!!! イーゴリが収支報告に一生懸命になっている間、私はユルタ[6]のランプの明かりのもとで待ちつづけるの。

ソフィヤ そんなお仕事辞めてしまいなさいよ、イーゴリ!

イーゴリ 誰かがこんな仕事もやらなければならないのです。

ターニャ イーゴリは私に頻繁に電話をしてきてくれるはずよ。

ソフィヤ ユルタから?

ターニャ ママ、20世紀も終わりよ!

ソフィヤ お手紙を書いてくださる方がいいわ! 私は、今だにターニャの父親の手紙を大事に持っているのよ。だって、塹壕にね、仮に電話なんかがあったとしたら、今私の手元には何が残ったかしら?

 

電気が急に点く。

 

イーゴリ お宅の電気は夜中にしか点かないのですか?(ソフィヤの手にキスをして)楽しい夕べをありがとうございました、ソフィヤ・イヴァーノヴナ!

ソフィヤ 私たちのためにもお体をお大事にね!(彼を自分のそばに寄せ、頬にキスをして)私はあなたにまるで息子のように愛着を感じたわ。

イーゴリ あなたも、お体をお大事に!

 

イーゴリとターニャは廊下に出る。

 

イーゴリ (コートを着ながら)長いこと居座れって、あなたは僕を一瞬のうちに別の銀河系に飛ばすこともできたかもしれないですね。

ターニャ とっても怒ってらっしゃる?

イーゴリ たいしたことじゃないですよ!ただ……

ターニャ ただ何?

イーゴリ イコンを前にしてあなたと結婚する約束をしてしまったことだけがちょっと気がかりで。

ターニャ そんなこと! お忘れになって!

イーゴリ 神様といさかいを起こすのはどんなこともいやですよ。それに神様がユーモアのセンスをもっているとは思っていませんしね。

ターニャ 私の方にも問題があるわ! 約束のお言葉をいただいたんですよね! 私はあなたにそのお言葉を厳粛にお返しします。

イーゴリ 恐ろしいほど軽率な方だ! 自分の言葉に30分も忠実でいられない。僕はどうしてあなたがお嫁に行けなかったか、やっと分かってきた気がしますよ。

ターニャ ところで、私たちがイコンを前にして何か誓ったと、そもそもどうして思い込んでいるのかしら?

イーゴリ そういえば、飲んでいたのはあなた一人でしたね。僕は、お気づきのように一滴も飲んでいませんでしたから。

ターニャ 何を前にして誓っていたか、ちょっとでも見たのかしら? イコンだなんて!私が壁からはずして母に渡したのは、ディケンズの肖像画よ。それに、ついでに言わせてもらえば、ディケンズだったらユーモアは全く問題ないでしょう。

 

イーゴリは部屋に駆けていって、肖像画を見る。廊下を飛び出てから、ターニャをじっと見つめる。

 

ターニャ で、どうでした?

イーゴリ 8回もお嫁に行ったご友人は、あなたなんかと違って、天使のような子だ。

ターニャ 今度は私の方があなたに、足長のハリネズミちゃんで、ブロンドの子猫ちゃんで、魅力たっぷりのうさちゃん、それにあらゆる野獣全般と幸せになれるようにお祈りしますわ!

イーゴリ どうもありがとう。ではまた!

ターニャ さようなら!

イーゴリ あなたのお母さんの健康がどうか見に、明日伺います。

ターニャ ご面倒なことをなさらないで!

イーゴリ たいしたことじゃないですから。どっちにしてもすぐそばまで来ますから。ところで結局、彼女の棟番号は分からずじまいだったな。

ターニャ それを確かめて、お若いこねずみちゃんのところで一緒に過ごすことね。

イーゴリ 僕はあなたのことを怒らせてしまいましたか?

ターニャ いいえ、あなたはご立派でしたよ。

イーゴリ 僕は紳士のままでいられることができたでしょうかね? あなたのご意見は?

ターニャ 最高の評価です!

イーゴリ でもたった1夜だって紳士でいられない! あの時に始めるべきではなかった!

ターニャ 子猫ちゃんはあなたの世界観に感激してくれるでしょう。

イーゴリ 子猫ちゃんは僕の他の特徴が一番好きなんですよ。

ターニャ 子猫ちゃんによろしくね!

イーゴリ もし僕がこれ以上ここに来られなくなったら、どう言い逃れるつもりですか? 自動車事故で僕を殺す? 強盗のナイフでグサリと殺す? 突発性の致命的な病を感染させる?

ターニャ 私、そんな残忍なことはしませんわ。生きてくださいな! 冬の夜長、私たちの……私たちの関係を詳しく思い出してみるわ。そしてママに話して聞かせるの。あなたには想像できないでしょうね、私は本当に空想好きなのよ!

イーゴリ すでに少しは想像がつきます。もっとその先を聞きたいですね。

ターニャ ところで、あなたご自分でもなにも覚えていらっしゃらないの?

イーゴリ 何を覚えているって?

ターニャ それで正しいわ。40年前に何もなかったことを思い出すのは難しいわ。

イーゴリ 修復は可能ですよ。僕はあなたの思い通りに思い出せる準備はできていますから。

ターニャ 私はあなたの手紙をママに読んであげますよ。

イーゴリ 手紙? あーあ! ツンドラからのね! 読むのは、少し控えめにお願いしますよ! 僕たち二人だけの内輪話は大声で読んだりしないでくださいね! 僕たちが偶然知り合ったことがこんなにも発展するなんて、嬉しいですよ。

ターニャ 私たち二人の生活が、あなたには意味のないものに思われていることは分かっているわ。その生活がどういうふうに過ぎ去っていくのか言い当てるのは簡単ですよ。たいした買い物もしていないお店だって分かってしまうわ。地味な掃除、炊事、洗濯。電話はほとんど鳴らない。誰が私たちのところにかけてきてくれるっていうのかしら? 半年に一度、親戚から長い手紙が届くほど。声に出してそれを読む。変化のない単調な生活で、イベントにも乏しいの。年老いた女性とその娘のオールドミスなんて、誰も興味持たないでしょうしね。

イーゴリ あなたはとても美しい方に見えますよ! どんな明かりのもとでも!

ターニャ ありがとうございます。でも、私やママにとっては、私たちの生活や私たち自身については、全く別のものに見えているんです。私たちはお互いのことをとても愛しているんです。でも、愛があるところには、常にいろんな出来事や不安なこと、嬉しいことや心配ごとがたくさんあるものですよね。私はただ買い物をして、炊事をして、掃除をしているだけじゃないんです。私はママのために、ママに長生きしてもらうために頑張っているんです。だから、いずれ私が全く一人で取り残されることなんてどうでもいいんですよ。やさしさや愛を、私はどうしたらいいでしょう? 毎時間不安になったり、心配してあげたいという欲求をどうすべきでしょう? 誰が私のいうことを面白そうに理解して聞いてくれるかしら? それに私は誰の話を聞くべきなのかしら? この世のだれも私とは関係がなくなるんですよ!

イーゴリ 昔あった付き合いを復活させたらいいでしょう。もっと人と付き合うことですよ!

ターニャ 愛する代わりに、せわしなくしろということ? 孤独や苦しみのほうが価値あるわ。ママは私を一人残していくのを恐れているわ。私はママをだますことにするの。ママには、私が一人取り残されることはない、と思ってもらってこの世を去ってもらえばいい。彼女は私がお嫁に行くことを夢見ているの。夢が実現すると信じてもらえればいいわ。

イーゴリ それなら、なぜあなたは一人きりにならないように、誰か現実の相手を探さなかったのですか?

ターニャ 20歳のころは愛なしにお嫁に行くことはいやだったの。60歳になってからは、なおさらね。ごめんなさいね、私たちと一緒に夜を無駄にしてしまって。

イーゴリ 全く逆ですよ。すばらしい夜でした! また伺いますよ。必ず! そんなに大変なことではないし、いつもこの近くに来ることがありますから。

ターニャ ありがとうございます。でも絶対にだめですよ!

イーゴリ 僕はそんなにあなたに気に入られなかったということですか?

ターニャ あなたの印象が、私にとってあまりに強烈だったのがこわくて!

イーゴリ うれしいお言葉ですね。

ターニャ たぶん、ここにはすべてが揃っているから。蝋燭とか、バラの花束、シャンパンのせいで、不慣れだからつい頭に衝撃が走っちゃって……。まあ、何を隠すことがあるかしら、あなたは素敵な方なんですもの!(笑って)いつもの調子が狂ってしまったわ。緊張しているのね。混乱している。余計なことまでしゃべっているわ。(笑って)でも、それがどうしたっていうの! こんなんじゃ、ろくなことにならないわ!

イーゴリ 僕はあなたのところにいるのが本当に気に入ってしまいました。あなたのママのことも気に入りましたしね。またあの方にお会いできたらいいなとも思っています。

ターニャ いいえ。こちらにはもういらっしゃらないでください。

イーゴリ あなたの電話番号を控えておきましょう。仕事の合間にでも電話してみますよ。

ターニャ それも余計なことね。

イーゴリ でもひょっとしたら……

ターニャ 心配ご無用です。

イーゴリ ぼくはただ……

ターニャ ありがとうございます! ではまた!

イーゴリ ではまた!(帰ってきて)でも、こんなふうに全部中途半端になってしまうのは、ばからしくはないかと……

ターニャ さようなら!

イーゴリ あなたは少しでも自信があるんですか?

ターニャ 100パーセント!

イーゴリ でも、僕は思うんだけれど……

ターニャ 絶対に!

イーゴリ それじゃ、もしも……

ターニャ そんな、なにをおっしゃるの? いまさら! もうお帰りにならないと! 私だってママのところに行かないといけないわ。さようなら!

イーゴリ それじゃまた! お知り合いになれてうれしかったです!

ターニャ 私も。

イーゴリ それで、こうやってぼくはもう帰らないといけないんですよね?

ターニャ お元気で!(彼が出たあとドアを閉め、部屋に帰ってくる)ママ! どうした?

ソフィヤ なにもかも最悪よ、ターニャ、最悪!

 

沈黙。

 

ターニャ やっぱり全部わかってしまったのね、ママ。ごめんなさい!

ソフィヤ 当たり前じゃない、わかってしまったわ。すぐに!私はばかじゃないし、めくらでもない、まだぼけてもいないんだから。

ターニャ ごめんなさい、許して、ママ! 気分が少しでも良くなれば、と思って!

ソフィヤ おまえを許す? おまえがやっとつかんだ幸せなのに?!

ターニャ ママ、それは何のことを言っているの?

ソフィヤ 私から隠したり、恥ずかしがったりしないの。そんなのは飽き飽きよ! 私はすべて分かっているんだから。おまえが彼のことをどれだけ強く愛しているか! 今回はうまく行ったわ。彼はおまえを愛しているもの! その様子がまっすぐ目に飛び込んできたわ! あなたたち二人で幸せになるのよ!

ターニャ そうかしら? ママ、どうもありがとう!

ソフィヤ 私はわがままになるのはやめたわ。おまえの幸せは嬉しいもの。

ターニャ ママ、でも泣いているじゃない!

ソフィヤ だって、やっぱり私はまだ少しだけわがままなんですもの! おまえがお嫁に行ってしまうというという思いにはもう慣れたのに。でも、それだけではだめなの!!! どっちにしても私の心には石が重くのしかかっているの!

ターニャ それじゃ今度は、いったいどんな石なの、ママ?

ソフィヤ あなたとイーゴリじゃ、もう子供はできないわよね! 私が悪いのよ! 私はおまえと一緒にいてこんなに楽しかったから。私は心の中ではいつも、おまえがお嫁に行くこと恐れていたの! 私はひどい罰が当たったんだわ。私はね、孫娘が欲しいの、でも孫娘なんてこれからも無理よね! ああ、私、孫娘が欲しいわ! その娘が私のことを愛してくれるの! それにもちろん、あなたのこともね! それから私たちみんなが幸せになれたら! 今ごろ死ぬことなんかじゃなく、曾孫を望んでいたのに! 曾孫がいるとね、家の中はいたずらと笑いが絶えないものよ! それに本当にたくさんの心配ごとや悲しみ、思いがけないことが起こるの。でもその代わりに、おまえは私のせいで、一日中退屈なおばあさんのそばでじっとしているのよね!

ターニャ ママ、私、ママのことが好きよ! それにママといると楽しいんだもの!

ソフィヤ でも、もし大きな家族で仲が良かったら、もっと良かったでしょうね! あなたの夫に、孫、曾孫……もう手遅れ……絶望的で、修正がきかないほど手遅れだということが私たちにはなんとなく分かってるわ!

ターニャ ママ、そんなに動揺しちゃだめよ! 鎮静剤を飲んで!

ソフィヤ 鎮静剤。生涯で娘が私にくれたものはそれだけ! それにしてもイーゴリは本当に面白い男性ね! おまえだって今も美人よ! あなたたちの間には、かわいい娘がいたかもしれなかったのに! その子はもう40歳になっているはずだったのね!(泣き出す)ターニャ、許しておくれ!私ってつける薬がないほどわがままね! だって、おまえ、私の話を聞いているのはつらいでしょう! おまえはなんでそんなに素直なんだい?!

ターニャ (彼女を抱きしめて)ママ、ごめんね!

ソフィヤ そんなに愛らしい娘になって!なんでなの?

ターニャ ごめんね、ママ、ごめんね!

ソフィヤ どっちにしても、おまえがお嫁に行ってくれて、私は幸せよ。(泣く)

ターニャ ママ、私には大事な人なんていないのよ!

ソフィヤ (声には涙が混じらずに、明確に)気でも狂ったの?!

ターニャ (わけがわからなくなって)ママ?

ソフィヤ 私は幸せよ! おまえは?

ターニャ 私もよ。

ソフィヤ (突然泣きじゃくって)なんで私たちはこんなに不幸せなのかしらね?

ターニャ (慰めながら)すべてうまくいくわ。

ソフィヤ (別の調子で)おめでとう。

ターニャ ありがとう。

ソフィヤ 幸せを祈っているわ。

ターニャ ママ!

ソフィヤ おまえ幸せかい?

ターニャ (号泣しながら)とっても幸せよ、ママ!

 

第一部終了

 

 


第二部

 

同じアパート。ただ、照明が蝋燭ではなく、フロアスタンドになっている。テーブルの中央にバラが生けてある。舞台配置は第一部の時と同じ。

 

ターニャ(読んでいる) そこへもって、ニクリビー夫人は、それはふんぞり返って得々としていた。マデリンとケイトは、それははみかみがちで愛らしい。ニコラスとフランクは、それはぞっこん参って得意げで、4人ともが、それはひっそり震えがちに幸せそうだ。はたまたニューマンは、それは控え目でありながら有頂天で、双子の老兄弟は、それはご満悦で目配せのしっぱなしだったものだから、老僕は御主人様の背後に突っ立ったなりテーブルにぐるりと目をやりながらも、涙でじんわり潤むのを感じていた。

 

ソフィヤが長いため息をつく。

 

ターニャ どうしたの、ママ? 今日はディケンズを聴く気分じゃないの?

ソフィヤ ほんとそうね、ターニャ、もういいわ! 昔のことを思い出してたの! なんてすばらしいバラでしょう! 少し近くに持ってきてちょうだい!

ターニャ 162ページ。(本を閉じて、本棚に置き、バラを近づける)

ソフィヤ そろそろ夕食にしましょうか?

ターニャ もうおなかがすいたの?

ソフィヤ でも誰かがやってくるのを待っているのよね?

ターニャ 私たちのところに誰がやってくるっていうの!

ソフィヤ 今日はおまえを見ていると楽しいわ! ピンクのリボンなんかつけて! このひいおばあちゃんのリボンは、まだ1世紀は経っていないものなのよね! ターニャ、よく似合っているわ、元気になって若返ったみたい! 今日はまるでなにか特別な日みたいだわ!

ターニャ 特別? どうして?(少し神経質に微笑んで)ひょっとしてこのリボンがあるからじゃない?!

ソフィヤ リボンのせいもあるのだけど! 何かうちの中の雰囲気で謎めいたものを感じるの。おまえは突然料理に夢中になったりしたし。今日はずっと料理ばかりしているじゃない! いったい何を待ち構えているの?!

ターニャ ペリメニにサラダにケーキと……面倒なことは多いけれど、何も特別なことはないわ。

ソフィヤ ところでイーゴリは、もう行ってしまったの?

ターニャ もう今ごろは旅路の途中で、モスクワから離れたところだと思うわ。

ソフィヤ 全く分からないわ。

 

ドアのベルの音。

 

ソフィヤ やっぱり誰かを呼んだんでしょう?

ターニャ 驚くわよ!

ソフィヤ イーゴリでしょう?

ターニャ いいえ、ちがうわ!

ソフィヤ それじゃ、誰よ?

ターニャ ちょっと待ってね!(ドアを開けに行く)

 

ドアの向こうにバラの花束を持ったイーゴリ。

 

イーゴリ こんにちは!(バラを差し出して)どうぞ!

ターニャ (バラを受け取らずに)もう出張に行ったはずでしょう! お忘れになったの?

イーゴリ 聞こえるでしょう? 犬橇の犬たちが玄関で吠えているのが。15分後には犬橇に飛び乗ってツンドラへ一直線です。ここに立ち寄ったのは、花嫁にお別れを言うためなんですよ。

ターニャ 良い旅になりますように! うまく滑ることができますように!

イーゴリ 僕は少しまっすぐ立っていないと。滑る前に力を蓄えておかないとね。お分かりのとおり、もう年も年ですから! お母様の具合はいかがですか? そうそう、バラをお渡しください!(ターニャにバラを差し出す)

ターニャ (受け取らずに)ありがとうございます。まだ昨日の分が枯れていませんので。

イーゴリ たくさん増えてもいいでしょう。(なんとしてもバラを渡そうとする)

ターニャ このバラでうさちゃんを喜ばせてあげたらいいのに。

ソフィヤ (大きな声で)ターニャ! そこに誰がいるの?

ターニャ 誰もいないわ、ママ、誰もいないの!

イーゴリ (とても大きな声で)ここにいるのは僕だけですよ、ソフィヤ・イヴァーノヴナ!

ソフィヤ イーゴリ、なぜこちらに来てくださらないの?!

ターニャ ママ、彼は急いでいるのよ!

イーゴリ 貴方に会いたくて急いでいるんですよ、ソフィヤ・イヴァーノヴナ!

ソフィヤ それならどうして? いったいどこにいるの? こっちへいらっしゃい!

イーゴリ 行きますよ! 急いで!

ターニャ (ドアから離れて)どうか長居しないでくださいね!

 

イーゴリはコートを着たままソフィヤの元に向かい、彼女の手にキスをする。

 

イーゴリ これをあなたに!(バラを渡す)

ソフィヤ あなたがいらしてくれて、なんてうれしいんでしょう。ターニャったら、何も言わないから。でも分かっていたわ! ターニャはあなたのことを、それはそれは首を長くして待っていたわ。たくさん買い物をしてね! 一日中、料理したり、片付けたりして。あなたが来るまで、夕食も食べようとはしないんですもの。

イーゴリ (ターニャの手にキスをして)あなたが僕のことをそんなに待っていてくださったと知って嬉しいですよ、ターネチカ!

ターニャ 私が待っていたのは、あなたではないのよ。

ソフィヤ イーゴリじゃない?! ターネチカ、それじゃ、いったい誰を待っていたのよ?

ターニャ (イーゴリに)あなたは出かけてしまったと思っていたわ。だから驚いたのよ。

イーゴリ 嬉しくて驚いたってことですか?

ターニャ ただ驚いただけよ。

ソフィヤ イーゴリ、あなたのその素敵なコートをお脱ぎになって! くつろいでくださいね。ターニャ、バラを花瓶に生けなさい!

ターニャ うちには一つしか花瓶がないわ。

イーゴリ わかりました。明日もう一つ持ってきましょう。

ターニャ それじゃ、今日はあなたのバラはどうしたらいいの?

イーゴリ 捨ててしまってください!

ソフィヤ 恋するお二人、けんかしないで! ターネチカ、バラをなんとかしなさい!

 

ターニャはソフィヤからバラを取り上げて、退場する。

 

ソフィヤ 出張は延期になったの?

イーゴリ 完全に中止になってしまったんですよ。

ソフィヤ 正夢だわ。道があってね、そこにとっても大きな落し物があった夢を見たの……(口ごもって)ごめんなさいね! あれは嬉しいことの前兆だったのね。

イーゴリ 驚かれるかもしれませんね、僕もまったく同じような道と、そこに同じような落し物を夢で見たんですよ……

ソフィヤ (とても元気になって、熱狂して)分かりますよ!!!

 

ターニャがシャンパンの瓶に生けられたバラを持って戻ってくる。

 

ソフィヤ 信じられるかい、ターネチカ、私とイーゴリは全く同じ夢を見たんだよ?!

ターニャ それはどんな夢なの?

ソフィヤ (情熱を込めて)私たちが見たのはね……(口ごもって)忘れたわ!イーゴリに会った途端、すぐに思い出したの!

ターニャ それで一体どんな夢を同時に見たのかしら?

イーゴリ これは、ソフィヤ・イヴァーノヴナさんと僕だけののささやかな秘密ですよね。ソフィヤ・イヴァーノヴナさん、今日のご気分はいかがですか?

ソフィヤ 最高にいいわ! 良い夢も見たことだし、それが正夢で、あなたが来てくださったんだもの! 夕食の時間よ、ターネチカ! みんな揃ったわ!

ターニャ 残念だけど、イーゴリは列車に乗るから急がなくちゃいけないの。

ソフィヤ イーゴリ、あの子に教えてあげなさい! あの子は、これからどんなに嬉しいことが待ち構えているのか、気づいていないのよ。

イーゴリ あのですね、ターニャ、出張はすべて中止になったんですよ!

ソフィヤ 新年はみんなで一緒に迎えられるのね!

イーゴリ ターネチカはまだ僕のことを招いてくれていないんですよ。

ターニャ 新年はまだ先よ!

ソフィヤ あと1週間じゃない! 早くイーゴリを招きなさいよ! といっても、彼を招く必要があるかしらね?!

ターニャ それもそうだけど、どうして?

ソフィヤ あたりまえじゃない! イーゴリはうちの人だからよ!

ターニャ 残念だわ、ママ、イーゴリは私たちと一緒に新年を迎えられないのよ。

ソフィヤ それはどうして?

ターニャ イーゴリは毎年新年を仕事の仲間と一緒に迎えているの。同僚とね。そういう習慣なの。イーゴリは新年の挨拶を電話でしてくれるのよ。

ソフィヤ それが普通だとおまえは思っているのかい?

ターニャ ママ、世界は変わったのよ! 今は、別荘の土地はスペインにあったり、新年は仲間とレストランで迎えたりするものなの。あらゆる種類のうさちゃんとか、ハリネズミちゃんとかを楽しませてね。それが普通なの。

ソフィヤ (イーゴリに)なぜそこにうさぎがいるのかい? 動物園で働いているんでしたっけ?

イーゴリ 今日くびになりました。

ソフィヤ それじゃ、決算報告はどうなったの?

イーゴリ 動物園の仕事はアルバイトだったんです。言ってみれば、いつもの仕事を続けながらやっていたんです。

ソフィヤ イーゴリ、あなたの生活はなんだかかなり複雑のように感じるわ。一刻も早く結婚しなければいけないわ。

ターニャ イーゴリ、お忘れじゃなくって、もうお帰りの時間でしょう!

ソフィヤ でも、出張は中止になったのよ、ターネチカ!

ターニャ でも決算報告の方が残っているのよ。お帰りになって、イーゴリ、決算報告が終わるまではこちらに来ないでくださいね!

 

イーゴリはアッと声を上げ、腹を押さえる。

 

ソフィヤ どうされたの、イゴリョーク?

イーゴリ (苦しそうに)ターニャがご存知ですよ。

ターニャ 胃炎?

イーゴリ パン一切れでいいからください! 何でもいいからすぐに食べないと! 痛くてたまらない!

ソフィヤ 何でおまえそこに突っ立っているんだい、ターネチカ? 早く処置してあげなさい! 夕食の準備をして!

 

ターニャは台所へ行く。

 

ソフィヤ イーゴリ、あなたは、座りなさい!

 

イーゴリはテーブルの席につく。

 

イーゴリ 僕にとって今重要なのは、動かないことです。腰掛けて、じっとしてること。少なくとも5時間はね。

ソフィヤ じっとしていてください! 私たちはうれしいですよ! でも分からないわ、私たちのターネチカは、今日はどうしちゃったのかしらね?

イーゴリ 何かあったんですか? 僕は何も気づきませんでしたが。

ソフィヤ あなたのことをずっと待ちつづけていたのに……あなたがやっと来てくれたと思ったら、まるでがっかりしてしまったかのようなの。あっちであの子は何を手間取っているのかしら? ひょっとして、台所まで行ってくださるの?

イーゴリ そのつもりです。(台所に向かう)

 

台所で。

 

ターニャ (何かを温めたり、裏返したりしている)こっちに来てくれてよかったわ! ここに座ってください! ここで、今すぐ食べさせてあげますからね。

イーゴリ 僕は急いでいないから、ご心配なく! リボン、似合ってますね。あなたのセンスに注目しないなんてことはできないな。

ターニャ (彼の前に皿を出して)話をはぐらかさないでください! 召し上がれ! サラダにペリメニよ。ほら、ケーキもあげましょう、パンでしょ、バターでしょ、チーズも。

イーゴリ 何で一つの皿に全部盛り付けるんです? そんなのはイヤだな。

ターニャ お皿が大きいからよ。全部きれいに盛り付けられたわ。

イーゴリ どうして僕を台所で食べさせようとするんです? これじゃ、僕の人間としての尊厳が傷つきます!

ターニャ 早く食べて!

イーゴリ どうしてあなたはいつも僕のことを急かすのです? あなたのせいで、苛立ってきたな!

ターニャ 私はあなたの胃炎がすごく心配なのよ。

イーゴリ 僕の個性は、胃炎によっては理解できないですよ。ところで、美味しいですね。こんなに美味しいのを食べたのは久しぶりだ。

ターニャ もう少し足しましょうか?

イーゴリ ありがとう! しばらくは控えておこう。ここで腹いっぱいになってしまうと、あっちの部屋で僕はただ馬鹿みたいに座って、あなたたちが食べているのを見ているだけになってしまうから。

ターニャ あなたはわたしに何をしてほしいんですか?

イーゴリ 正直に?

ターニャ 完全にね。

イーゴリ そうだな、完全に正直になるとしたら、自分でもよくわからない。

 

電話が鳴る。

 

イーゴリ ぼくはいませんよ。

ターニャ それって、ここにいるあなたにもう電話がくるということ?

イーゴリ いやいや。ただ、万が一の事があるかと思って。

ターニャ (受話器に向かって)もしもし。あなたね。ぺちゃくちゃうるさい声でわかったわ。イーゴリね? もちろん、ここにいるわ。ほかにどこにいるっていうのかしらね?(イーゴリに)あなたの子猫ちゃんからよ。

イーゴリ あなたはひどい性格の方だ。

ターニャ オールドミスにはよくあることでしょ。

イーゴリ (受話器に向かって)はいはい? くくう!

ターニャ 子猫ちゃんがかっこうになっているのね。完全に生態系が狂っちゃったわ。

イーゴリ 今日かい? 何とも言えないなぁ。もしかしたら……努力してみるけどね、でも……いや、いや、僕のせいで中止にしちゃいけないよ。忙しいのなら忙しいままでいいよ。それなら、またいつか電話するよ。じゃあね! 僕のはりねずみちゃんにキスを送るよ!

ターニャ 言っておくけれど、これは通話所でもないし、ホットラインでもないのよ。それにだいたい私にだって電話は来るんだから!

イーゴリ うさちゃん、またね! 今日は電話できるかはわからないけれど。子猫ちゃん、わかるかい、行列ができてるんだ……公衆電話から電話するよ。

ターニャ (イーゴリにコートを投げて)早くこねずみちゃんの所へ行ってあげなさい! あの子はもう待ちくたびれちゃったわ! うちには、これからお客さんが来ることになっているのよ。

イーゴリ はりねずみちゃん、またかけなおすからね。またね!(受話器を置いて)誰があなたのところに来るって? 新たなだんな候補ですか? でも、あなたのお母さんは、もうこの僕にべたぼれじゃないですか! あの方を傷つけてはいけませんよ! それにできれば知りたいものですね、僕のどこがあなたに合わないのですか?例えば、あなたのお母さんは僕に対して何の要求もないですよ。だいたいそれが一番重要なことじゃないですか!

ターニャ あなたは私に何をして欲しいの? これからうちにお客さんが来るんです!あなたは余計な人なの。あなたは何をお望みなの?

イーゴリ 特に何もないですよ! ただね、ランプのシェードが照らされて、テーブルに食事が並んでいるのが気に入っているだけです。もううんざりですよ、レストランばかりの食事なんて……あなたのお母さんのように、僕のことをこんなに喜んでくれる人はずっといなかった。わかりますか、人生で一度も婿養子になったことがないんですから?!

ターニャ それならあのハリネズミちゃんと結婚したらよろしいのに!

イーゴリ 彼女にとってぼくはあまりに若すぎますよ。

ターニャ あなたが? 彼女にとって? 若い?!

イーゴリ もちろんです!僕はあと20年くらい生き延びなきゃ。だって、あの子はお嫁に行くことより、未亡人になることを夢見ているんですから。

ターニャ もしあの子のことをそんなふうに考えているんだったら、どうしてあの子がいいのかしら?

イーゴリ どうしてって? 何てったって、僕は、男ですからね!

ターニャ なるほど!

イーゴリ あなたは今ちゃんと僕のことをわかってくれていませんね。想像してみてくださいよ、みんなが仕事場にいるところを。ある奴は、「俺は昨日、自分のジープで若い女にこんな話をしかけてやった」と言ったり、別の奴なんかは、「俺は昨日、女を一人ひっつかまえて、彼女と一緒に……」って言ったりするんです。

ターニャ おっしゃりたいことはわかったわ。

イーゴリ すみません! でも、それじゃ僕は、いつもじっと座って、黙りこくっていろとでも?

ターニャ でもあなたがお話しするのを遮る人はいらっしゃらないでしょう? それなら、頭に浮かんだことを全部おっしゃればいいのに。

イーゴリ そうですか? でも、それが結論なんですね!

ターニャ たとえあなたの同僚の方々が戦争について議論しあっていても、その人たちは個人的に戦闘に参加したことにはならないでしょう。

イーゴリ ご忠告ありがとうございます!

ターニャ それじゃ、お行きなさい!

イーゴリ こんなふうになってしまったら、どこへ行くべきでしょうか? 僕はここにいるほうがいいです!

ターニャ プライベートな生活はあなたお一人にしかないとでも思っていらっしゃるの?

イーゴリ 僕にはちょうどそれがないんです。

ターニャ でも私にはあるんです!

イーゴリ おっしゃってください、頭に浮かんだことを全部おっしゃってください。

ソフィヤ ターネチカ! 夕食にしましょうか?

ターニャ ママ、今、今行くわ!

イーゴリ もう全部持っていきますよ、ソフィヤ・イヴァーノヴナ!(ターニャに)持っていきましょうか?(サラダボールを手に取る)

 

ドアのベルが鳴る。

 

ターニャ 今すぐ、出ていって!

イーゴリ サラダを持ったままですか? 何をおっしゃるんです! 僕はまともな人間なんです!

ターニャ サラダは部屋へ置いて。あなたご自身は部屋から姿を現さないでくださいね!

イーゴリ 了解です!

ターニャ それじゃ、どうしてここに立っているんですか?

イーゴリ 誰がお客に来たのか、ちょっと気になっただけです。

 

ドアのベルが鳴る。

 

イーゴリ どうして開けないんですか? お恥ずかしいんですか? さて、僕はなんてご挨拶をすべきかな? あなたの彼に? 偽者の彼に? 昔の彼ですか? わからなくなっちゃいました! あなたに合わせましょう!

 

ドアのベルが鳴る。

 

イーゴリ なんてしつこい奴だ! よっぽどあなたと結婚することを決心したんだな。

ターニャ これは私の問題よ。社会保障局から来たの。

イーゴリ すると、僕は社会保障局に転職するべきかな? 社会保障局の訪問には、こんなに準備するものなんですね!

 

ターニャはドアを開ける。

まるで鎖をちぎってきたかのように、アパートにジーナが飛び込んできて、甲高い声で叫んでいる。「私のママ、私、ジーナよ、ママの本当の娘よ、ママと血のつながった娘よ!寂しかったわ!」

 

イーゴリ 亡き母がよく言っていたな、「ガーリク、たくさん女の人を吟味するのよ! 子持ちの人にひっかかってしまうから!」って。

ソフィヤ ターニャ! どうしたの? その叫び声は何?

 

ジーナはイーゴリを倒してしまいそうになりながら部屋に突進してきて、ソフィヤの首に抱きつく。

 

ジーナ 私のおばあちゃん! やっと会えたのね!

ソフィヤ ターニャ! 助けてちょうだい!

ターニャ (ジーナを引き離しながら)あわてないで! 少しずつね!

ソフィヤ ターニャ、おまえ、この子を知っているの? 誰なの?

ジーナ (ターニャを振りほどいて逃げ、再びソフィヤの首に抱きつく)おばあちゃん!実の孫がわからないの?!

イーゴリ (ジーナのことについてターニャに)ここからこの本当の娘を投げ捨ててあげましょうか?

ターニャ (再びジーナを引き離しながら)この子は私の娘よ! ママ、ママの孫娘なのよ!

ジーナ (ターニャの首に抱きつく)ママ! 私のママ!(ソフィヤの首に抱きつき)おばあちゃん! 大好きなおばあちゃん!

ターニャ (声を張り上げて)叫ぶのは止めなさい! 人の首にぶら下がらない!

ソフィヤ (声を張り上げて)子供に叫ばないの! あの子は誰? 私、わからないわ。まあ、なんて心臓がドキドキしているのかしら。ターニャ、私を苦しめないでおくれ。あの子は誰なの?

ターニャ ママの本当の孫娘よ! 隠していてごめんなさいね。

ジーナ 40年間隠してきたの。おばあちゃん、おばあちゃんが怖かったの、ママのことを叱るのではないかと思って。

ソフィヤ ターニャ、どこにこの子を隠していたの?

ジーナ ママは、私を産んだ病院で私のことを捨てたの。私は見知らぬ夫婦のところで育てられたわけ。でもその家族だけで7人もいたのよ! それにみんな呑み助だったわ! それで私の人生はこんなふうになっちゃったの! 孤児の人生! お母さんもおばあちゃんも生きていたのに。(泣く)

 

間。

 

ソフィヤ ターニャ、おまえは自分の赤ん坊を見捨てることができたのかい?

ジーナ 私としては、ママを責めないでほしいわ!

ソフィヤ ターニャ、それはすべて本当のことなの?

ジーナ 本当のことよ。(突然ソフィヤを抱きしめて)おばあちゃん! おばあちゃんはいくら見ても見飽きないわ。ずっと会えなかったんだもの! おばあちゃんに会えてほんとに嬉しい。私のおばあちゃん!

ソフィヤ 私が悪いのよ。ターニャ、私を許しておくれ!(ジーナに)おまえも私を許しておくれ!

ジーナ もういいのよ、おばあちゃん、もうどうでもいいのよ、忘れましょう。

ソフィヤ かわいそうな子たち! ターニャ、私のことをそんなに怖がっていたの? 私はそんなに怪物みたいだったかしら? みんな、許してちょうだいね!

ターニャ ママ、落ち着いて、そうじゃないのよ。今から本当のことを話すわ。

ジーナ その必要はないわ! 真実はあまりにつらいことだから! それに私はもう大人になったし! 今さら何を明らかにすることがあって、誰が悪くって、それで何をしたらいいっていうのよ?! 100年間真相を明らかにし続けたところで、すべてそのままじゃない。

ソフィヤ おまえの顔をよく見せておくれ! なんていう名前なの?

ジーナ ジーナよ。

ソフィヤ 目はターニャね。あごは私。ターニャ、そうよね? 私のあごだわ! 眉は私の亡き夫のだわ。かわいそうに、生き延びられなかったのね! あごは私で、眉毛は彼ね。それとも私かしら? いいえ、彼の眉ということにしておきましょう。

ジーナ もちろん、おじいちゃんのよ! おじいちゃん以外誰だっていうの? 大体、外見は隔世遺伝するものよ。

ソフィヤ 目はターニャね。おでこもターニャね。おでこの感じ。イーゴリ、おでこを見てごらんなさい!

イーゴリ おでこに僕は感激しています。

ソフィヤ それじゃ、鼻は誰似かしら?

イーゴリ (ターニャに)鼻について、ヒントをくれてもいいじゃないですか! いったい誰なんですか?

ジーナ (イーゴリのことをターニャに)ところで、この方はどなた? あなた、事前に何も私に教えてくださらなかったですよね!

イーゴリ その必要がありますでしょうかね? この人生におけるお祝いごとに僕がいるのは偶然のことですし、余計な人間ですから。

ソフィヤ イーゴリ、ターニャのことを未婚の子供がいたことで責めたりしないでしょうね? もう昔のことだからね?!

イーゴリ でも僕は、そもそもターニャを何らかのことで責めるべき人間なんでしょうか?

ソフィヤ それはどういうこと? あなたはもうほとんど結婚しているのよ!

イーゴリ そうですね、僕はほとんど結婚する準備はできていましたよ、自分はオールドミスだって断言していた女性とね。オールドミスっていうのは、感動的でロマンティック、人に厳しいけれどかよわいものです。それなのに、突然その人は40年間二重生活をしていたことが判明するなんて。うさちゃんやはりねずみちゃんたちのほうが、まともだっていうことですね。彼らと一緒なら何もかもすぐに一目瞭然だから。

ジーナ あの人はだれ?

ターニャ こちらは……こちらは……それはその……

イーゴリ とにかく、僕は出張に出かけます。(ターニャに)ツンドラ地方から電話するよ。雪だまりのところから直接ね。

ジーナ あの人は誰なのよ?!

ターニャ おまえのお父さんよ。

ジーナ (真っ先にイーゴリの首に抱きつきに行く)パパ!(彼にキスをしまくる)パパ!!! 私のパパ! ほらやっとこれで私たちお互いに出会えたのね! 私、お父さんが絶対いると思っていた! 本当に嬉しい! 私にはパパが本当に必要なの!

イーゴリ いや、いや、僕とは合わないよ! 僕はあなたのことを養女にするのはいやですよ!

ソフィヤ あなたは、自分の娘を見捨てるんですか! イーゴリ、あなたには幻滅してしまいそうですよ!

イーゴリ 僕には子供はいませんよ。それも今までにも一度もね! 娘だって、息子だっていません。

ソフィヤ うちのターニャは嘘をつくということができないの。あなたならそれはご存知のはずでしょう。

イーゴリ そうですね、そのことには気づいていますよ。(ジーナに)あなたはおいくつですか?

ジーナ パパ、そんなことはいいじゃない!(すすり泣く)

イーゴリ (叫んで)いくつだ?!

ソフィヤ 子供に向かって叫んではいけませんよ! いくつになったのかい? パパに教えてあげなさい。怖がらずにね。

ジーナ 40よ。それがどうしたの?

イーゴリ なんでもないよ! ただ、僕は関係ないなと思って。40年前というと、僕はヴォルクター近郊の軍隊にいたんですよ。ここからはとても遠いところにね。

ソフィヤ それじゃ、ターニャ、おまえは40年前は……

ターニャ エレツで働いていたわ。派遣されたの。図書館大学卒業後にね。

ソフィヤ (イーゴリに)エレツにはいらっしゃったことはあるのかしら?

イーゴリ 1度もないです。

ターニャ 私、エレツからヴォルクターに行ったことがある。

ソフィヤ おまえが? エレツからヴォルクターに? それはなぜ?

ターニャ 小旅行で行ったの。

 

間。

 

ソフィヤ イーゴリ、鼻はあなたにそっくりよ。よくごらんなさい!

イーゴリ (ターニャに)あなたもあの子が僕の娘だと本気でおっしゃりたいんですか?

ジーナ パパ、何を今さら気をもむ必要があるの?! あなたに何か損になることでも? 養育費を支払うにはもう遅いわ! 住んでいるところはあるし! そうね、一つ得なことがあるわ! 老年期がもうすぐそこまできている! でもちょうどそのときに、あなたのところに実の娘が現れる。コップ一杯の水でも恵んでくれる人がいるということよ。

ソフィヤ とってもつらい思いをしたのね! ジーノチカ、私のそばに座って! おばあちゃんにいろいろ聞かせておくれ! 私たちがいないときはどうやって暮らしていたんだい?

ジーナ あんなの、生活って言えるかしら?! 父親と母親は底無しの酔っ払いで親権を剥奪されたの。

ソフィヤ どの父親と母親のことかい?

ジーナ 私を引き取った人たちのことよ。私はあいつらのことを両親だとは全く思っていないけど。

ターニャ どうしてそんなこと? そうはいっても、育ててくれたんでしょう!

ジーナ 誰が育ててくれたって? 孤児院でぶらぶらしてただけ! そのあとは、寮に住んでいた。

イーゴリ 僕は何にも信じるつもりはありませんよ!

ソフィヤ ターニャ、おまえは、自分の娘が苦しい思いをしていることを知っていて、黙っていたのかい?

ジーナ ママが知っているわけないでしょう。私たち病院のあと、お互いにはぐれてしまったんだもの。

イーゴリ それでどうやってお互い出会うことができたんでしょうか?

ソフィヤ そうよ! 本当に、どうやって出会ったの?

ジーナ 文字通り、偶然よ。文字通り昨日ね。

イーゴリ それは驚きだ! それでどうやってお互いを認識できたんでしょうか? 血が呼んだとでも?

ジーナ (自分のかばんから乳児用のシャツとズボンを振りながら取り出して)ほら!

イーゴリ そのぼろきれはいったい何ですか?

ジーナ 私が産まれるときに用意してくれた服よ! 私のシャツとズボン……(すすり泣く)ママが私に残してくれたものなの!

イーゴリ 僕はメキシコ映画みたいな話は信じませんよ! 信じるものか!

ジーナ ほらどうぞ、特別にあなたのために見せてあげましょう。ほら、端っこにママの印があるでしょ。これでもあなたは信じるつもりはないんですか? それって、とても変なことだわ!おばあちゃん、そうよね、信じないなんて変よ!

ソフィヤ 私に見せておくれ!(よく見てから)ターニャの筆跡だわ。

イーゴリ ソフィヤ・イヴァーノヴナ、あなたは賢明な女性ですよね!

ソフィヤ でも、これは本当にターニャの筆跡なんですもの。縫ってあって読みにくいけれどもね。

イーゴリ (ターニャに)あなたは、赤ん坊を捨てたくせに、産着には印を残していったっていうんですか?

ターニャ そのとおりよ。

イーゴリ あなたはかっこうみたいな人だ[7]! もっとも、僕は誰も信じていないけれど。

ジーナ そんな、私は分からないわ! どうして信じられないのかしら! それなら、ママとそんな風に話さないでよ! そうよ!!! 血が呼んだのよ! 私はママのこと、個人的にずっと前から気づいていたの。教養がある感じで、顔は悲しげだったわ。野菜を買いにうちのところへよく来ていたの。ある日、私のところで、棚卸で不足金が見つかっちゃって。小さな部屋で泣いていたら、店に通じるドアが開いていたのね。私はすぐにでもお金が必要だったの! それなのに、店の人は誰も持っていなかった! ママはカウンターのところに立って、待っていたの。私が泣きはらした眼で出て行って、なにもかも秤に投げつけちゃった。そうしたら、ママがひそひそ声で話しかけてきたの。『いくら必要なの?お願いだから、泣かないでくださいね!』って。それで、お金をくれて、身分証明書も確認しなかったのよ。

イーゴリ 何も信じない!

ジーナ よくもそんなことが言えますね?! ママは私にお金をくれたの、誓って言うわ、くれたのよ!

ソフィヤ かわいそうな子。苦しんだのね! ずっと一人ぼっちだったからね。

ジーナ 一人ぼっちよ。でも、もうママとおばあちゃんを見つけたわ。

ソフィヤ 誠実な子ね! 美人だし! どうして、おまえは結婚しなかったんだい?

ジーナ 結婚はどれだけしたことか! ただ、公式的には5回ね。身分証明書全体が書き足すところがないほど汚くなってしまったけれど。

ソフィヤ それで、子供はいるのかい?

ジーナ いないものはいないわ。

ソフィヤ 私たち身を寄せ合わなければいけないわ。私たちずっと一緒にいるべきよ。どれだけ時間が無駄になってしまったことでしょう!

ジーナ 嬉しいわ、でも私はみんなと集まっても文字通り何も持ち寄ることはできないわ。ここは、大邸宅みたいね、でも、私のところなんて共同住宅の汚くて狭い部屋よ。

ソフィヤ 私とターニャのところには1部屋、おまえのところには1部屋あるのね。だから2部屋のアパートを要求しましょう。おまえはもう他人と暮らすなんてたくさんよね。一緒に住みましょう! タニューシュカ、宝石箱を渡しておくれ!

 

ターニャは母にかなり立派な宝石箱を渡す。

 

ソフィヤ (ジーナの前で小箱を開けて)ジーナ、見てごらん!

ジーナ (両手をたたいて音を出して)まあ、これは天然鉱石の美術館だわ! トレチャコフ美術館だ[8]

イーゴリ (見る)これはすごいですね! これはどこで手に入れたのですか?

ソフィヤ (見せながら)真珠はいろいろな大きさがあるでしょ。ブリリアントカットのネックレスでしょ。それからこれは孔雀石のネックレス。ほら、柘榴石のネックレスとブレスレット。サファイアの指輪。全部、高純度の金よ。

ジーナ 財宝だわ!!! 美術館ごと盗んできたの?

ソフィヤ 先祖代々の宝石よ。女性の家系に受け継がれてきたの。

ジーナ これってすべておばあちゃんのママからもらったものなの?

ソフィヤ 私のママ、つまりおまえの曾おばあちゃんはね、学者だったの。スターリン賞だってもらっているのよ。でももちろんね、宝石は、曾おばあちゃんのものではないの。スターリン賞を取ったって、これだけのものを買うことはできないわ!

ジーナ ということは、宝石は学者だった曾おばあちゃんのママからもらったことになるの?

ソフィヤ 曾おばあちゃんのママ、つまり私のおばあちゃん、おまえの曾曾おばあちゃんは革命家で、『人民の意思』党に重要な党員として参加していたの。

ジーナ 党のお金でもって、宝石を買い占めたのね。曾曾おばあちゃん、さすがだわ! ぼんやりしてなかったのね!

ソフィヤ 何言ってるの? こんな大金が党にあったとでも?

ジーナ それじゃ、一体誰の宝石? 誰がこれを買い占めたの?

ソフィヤ 私の曾おばあちゃんは大の流行好きだったの。宝石をこよなく愛していて、人生すべてをそれに費やしたの。

ジーナ おばあちゃんの曾おばあちゃんって一体どんな人だったの?もしかして、帝政時代の貴族だったとか?

ソフィヤ ほぼそれに近いわ。曾おばあちゃんは農奴だったのよ。

ジーナ 農奴だった?! それじゃ、おばあちゃんのおばあちゃんは、曾おばあちゃんの自由のために闘ったっていうこと?

ソフィヤ そんなところね。曾おばあちゃんは農奴で、その娘である私のおばあちゃんは革命家だったの。

ジーナ おばあちゃんのおばあちゃんは、おばあちゃんの曾おばあちゃんにその自由が必要かってたずねたのかな?

イーゴリ 異常なほど好奇心旺盛で、てきぱきした赤ん坊だ。

ジーナ 今じゃ、この宝石はおばあちゃんのものなんでしょう?

ソフィヤ いいえ、今となっては、この宝石はおまえのものだよ。持っていって大事にしなさい! ジーナ、おまえは私にとって大きな、大きな喜びなのよ! ターニャにとってもおまえは大きな、大きな喜びなんだよ! ありがたいことに、私たちの宝石を渡す人がいるんだから! おまえのおかげで私は幸せに死ねるわ。

ジーナ 何を言っているのよ、おばあちゃん! 生きなきゃ!

ターニャ ママ、宝石箱を貸して !元の場所に戻しておきましょう。置いておけばいいわ。ジーナが、宝石は自分のものだって思っていればいいことよ。それを見にうちに遊びにきてくれるわ。

ソフィヤ なんでそんな複雑なことをする必要があるの? 持っていかせればいいじゃない! 全部あの子のところに置いておけばいいのよ! 何か身につけたいと思うことも一度や二度じゃなくあるでしょう。ジーナ、持っていきなさい! おまえは私の一番大きな宝石だよ。

ジーナ おばあちゃん、それって全部私にプレゼントしてくれるってこと?

ソフィヤ もうプレゼントしてあげたのよ。だって、おまえ以外に他に誰にプレゼントするっているのかい?

ジーナ でもこれって帝政時代の宝石じゃない! とんでもないくらいのお金だし、車が何台か買えちゃうわ!

ソフィヤ でも私たちがプレゼントしてあげようとするのは、初めて出会った子なんかじゃなく、唯一の娘と孫娘になんだからね。

ジーナ わー!!!(ソフィヤの首に飛びかかり)おばあちゃん、私の大事な人!!! ありがとう!!!(ターニャの首に飛びかかり)ママ!!! 私のママ!!! ありがとう、わたしを見つけてくれて!(イーゴリの首に飛びかかり)パパ、ありがとう! 私のパパ!!!

イーゴリ ぼくには触れないでください! お礼を言われる理由などないから!

ジーナ これからこの宝石をよく吟味して、みんなのことを思い出すことにするわ。

ソフィヤ どうして、わたしを思い出すって? 私は生きている間は、おまえと一緒にいたいのよ。だって、私は予感がするの、生きられるのはあと1ヶ月か2ヶ月しかないって……

ジーナ そうそう、そうだね! でも私はもう行くわ。(震えながら、宝石箱を自分のかばんに乱暴に押しこみ)明日は早く起きなきゃ行けないし、いろいろ他にもあるから。

ソフィヤ ジーノチカ、それじゃ、今日は泊まっていかないのかい?

ジーナ 無理ね! また別の時にね。今日は本当に気が変になっちゃった。それとも、ひょっとして私は眠ってるのかな?

ターニャ 宝石はもちろん、おまえのものよ。でもそれはうちに置いていったほうがいいわ。宝石を入れたかばんを持って、モスクワの夜道を歩くのは危ないわ。

ジーナ そんな、私を見てよ! どこの馬鹿が、私なんかに惹かれて強盗しようとする?!おばあちゃん! ママ! パパ! みんなまたね!

ソフィヤ (ジーナに十字を切ってあげる)神様、私の喜びの子を祝福してお守りください!

ジーナ (少しずつドアの方に退きながら)みんな、ありがとう! いろいろありがとう! 今日という日はずっと忘れないわ!

ターニャ (ジーナの後を追って)そんなに急がないの! 階段、気をつけなさいよ! 隣の坊やがいつもバナナをかじっては、皮を床に捨てているから。

ジーナ バナナなんて怖くないわ! 私、バナナを売ってるんだから! じゃあね!

 

イーゴリが廊下に出る。

 

イーゴリ さあ、とにかく何か僕に説明してもらいましょうか!

ターニャ (彼にコートを突き出して)私があなたに説明したり、弁明しなきゃいけないとでも? おやすみなさい!

イーゴリ いろいろあったというのに、あなたは僕を追い出そうとするのですか?

ターニャ 何があったって? 小さなアマチュアのお芝居をしているのよ。

イーゴリ もし仮に僕には40年前に娘がいて、そんなふうに扱われていることを知っていたなら、娘を引き取っていたでしょうね。

ターニャ ジーナをあなたのお母さんのもとで育ててあげた?

イーゴリ 僕の家族のところで育ててあげて、みんなでかわいがってあげて、面倒を見て上げられただろうに。僕のママだってもっと長く生きられただろうな。

 

電話が鳴る。

 

ターニャ あなたに電話よ!

イーゴリ 僕はいません。

ターニャ それならご自分でおっしゃったら!

イーゴリ (受話器に向かって)もしもし? なんだって君は僕に対してそんな話し方をするんだ? 僕には君より2倍も年上の娘がいるんだぞ。ここに電話してくるのはやめてくれ!ここにはぼくのしゅうとめに、娘……いいや、彼女は僕の妻じゃない。そうだ、しゅうとめはいる、娘はいる、でも彼女は僕の妻じゃないんだ! 僕が嘘をついているって? そうだよ、ここに来たのは偶然だ。昨日、偶然にね。でも今日はもう偶然なんかじゃないんだ! そうだ、話せば長くなるけどね。もう電話してくるな!(受話器を置く)過去を変えることはできません。でも、過去の出来事に応じながら今を過ごすことはできますよね。収支決算は可能ですよね。

ターニャ 総計を出すこともね。

イーゴリ 僕たちの過ちや無責任があの子の人生をだめにしてしまったんですね。僕としては、過去の贖いの犠牲になる心の準備はできています。

ターニャ その、犠牲になるっていうのはどういう意味かしら?

イーゴリ 文字通りの意味ですよ。

ターニャ おどかさないでくださいよ!

イーゴリ もし僕たちが結婚すれば、そんなに恐ろしいことは起こらないのではないかと思いますが。

ターニャ あえてそうする価値はあるでしょうか?

イーゴリ 自分のことばかりを考えてはいけませんよ! いずれにしたって、いつかは家族を作っていかなければいけないんでしょうし。あなた、あなたのお母さん、ぼくらの娘、それに僕、みんながばらばらになってしまうのは、とてもひどいことですよ。

ターニャ あなた、信じてしまったの?

イーゴリ 僕は、ようやく、ようやくあなたのことを思い出してきましたよ! 怒らないでくださいね! なにせ、40年も経ってしまったんですから!

ターニャ 私たちが初めてお会いしたのは、昨日の夜です! 私はヴォルクターなんて1度も行ったことありません! お産だってしてません! ジーナは、角の野菜売り場の売り子なんです。彼女の電話番号だって知りません。彼女の苗字だって知らないんですよ。

イーゴリ あなたは僕のことをばか者だと勘違いしているんですか? 苗字も知らないのに、先祖代々の宝石をあげてしまうなんて?! それとも宝石は偽物なんですか?あなたのところにあるのは、だいたいが偽物ばかりだとでも?

ターニャ 宝石も本物だし、人生も本物よ! ただ娘だけが偽者なの。私の母が死にかけているのよ。母が幸せな気持ちで死んでくれるのであれば、どんなことだってするわ!

イーゴリ (叫んで)ジーナは僕の娘なんですか、違うんですか?!

ターニャ ここで叫ばないでください!

イーゴリ (ひそひそ声で)娘なんですか、違うんですか?

ターニャ もちろん、違うわ!

イーゴリ それじゃ、あの子はぼくにとって誰なんですか?

ターニャ 誰でもないわ。あの子はあなたにとって誰でもないの。それに私の母もあなたにとっては誰でもないわ。私もあなたにとって誰でもないわね。

イーゴリ あなたはひどい人だ! 残酷で血の通っていない女性だ! 記憶からあなたを消し去ろう。

ターニャ 無理矢理私だってこの場にくくりつけたりしてないし、あなたを引きとめようともしてないわ。

イーゴリ 引きとめようともしていないだって? 昨晩と今夜、僕がどんな気持ちで過ごしたか、あなたにはわからないだろうけれどね! あなたは、今すぐに僕がこの家から出て行って、すべての出来事を頭から消し去ることができるとでも思っているのですか?

ターニャ まったく、おわかりかしらね、私はここにあなたを住まわせるわけにはいかないのよ。

 

イーゴリはターニャの頬にびんたして、立ち去る。電話が鳴る。

 

ターニャ (受話器に向かって)もしもし!(聞いている)それじゃ、今から私の言うことを聞いてくださいね! 私はいろいろ今からお話するような事情を抱えた60歳よ。それに、オールドミス。冗談好きっていうばかげた癖があるわ。イーゴリはね、もうここにはやって来ないわ。ここにはしゅうとめなんていないし、ましてや娘もいないの! ここには先祖代々の宝物ももうないの! 私は彼の妻じゃないわ。ちがう、妻じゃないの! 妻じゃないんだって!!! そう、プロポーズはされたわ。断ったけど。そう、断ったの! 断ったんだって!!! だって、愛していないから! あなたも彼のことを愛していないの? ということは、つまり彼は誰からも愛されていないの? かわいそうに! 彼は愛されるに値する人なのに。まあ、私たちったら、楽しく会話できたわね。電話してきて、もちろん、電話してきてちょうだい! 私にはほとんど電話が来ないから。(受話器を置く)びんたされたわ!(先ほどのびんたを幸せそうに思い出しながら、自分の頬をなでる)彼は私のことを女だと思ってくれているのね。私は女として、娘として、それに単に馬鹿女としても不幸せだわ。ああ、不幸せって、なんて気分のいいことかしら! ずっと私は不幸せじゃなかったのね!(廊下をくるくる回りながら、最高に幸せそうな声で)ああ、私はなんて不幸せなのかしら!どうしようもなく不幸せだわ!

ソフィヤ (部屋から)ターニャ! どこにいるの? どこに消えちゃったの?私はとても幸せよ! とっても幸せ!

 

第二部終わり

 

 


第三部

 

一週間が過ぎた。二人用のテーブルは祝い事があるときのように飾られている。テーブルにはバラがある。ラジオがついていて、大晦日の放送をしている。ソフィヤは、着飾って、テーブルのそばに座っている。ターニャはほとんど着飾らないままツリーに飾り付けをしている。

 

ソフィヤ 今日は、イーゴリは電話してきたのかしら?

ターニャ まだよ。

ソフィヤ それじゃ、昨日は電話してきた?

ターニャ ママ、もう何度同じ事を聞いているの。私は何度も答えているでしょう。イーゴリは毎日電話してくれているわよ。

ソフィヤ それでなんて言っているの?

ターニャ 愛しているって。

ソフィヤ 誰を?

ターニャ 私たちをね。

ソフィヤ もっと具体的には?

ターニャ 心配しているって。

ソフィヤ 何を?

ターニャ ママの気分をよ。ママの具合をね。

ソフィヤ あなたたちはいつも二人でいるときは私のことしか話さないの?

ターニャ それだけじゃないけど。

ソフィヤ それで彼はおまえを愛しているって?

ターニャ もちろんよ。

ソフィヤ おまえはどうなの?

ターニャ 当たり前でしょう。

ソフィヤ なにもかも気に入らないわ。

ターニャ 私は、なにもかもすばらしいと思っているけど。

ソフィヤ それじゃ、ジーナはどこへ消えたの?

ターニャ 言っているでしょう、病気だって。

ソフィヤ どんな?

ターニャ 言ったでしょう、ちょっと風邪を引いただけだって。

ソフィヤ そんなことじゃ、納得できないわ。どうしておまえはそんなに落ち着いていられるのかしらね。おまえはまだ未熟だからだわ。どんな病気もね、始めはたいしたことないように見えるの。でもしまいにはどんなに風になってもおかしくないの。子供の風邪は用心深く見守っていないと。

ターニャ ジーナはもう子供じゃないわ。

ソフィヤ あの子は私にとっては、ずっと子供なのよ。

ターニャ 心配することないわよ。ちょっとした風邪だって。

ソフィヤ それなら、おまえ、何があったの? それを説明してくれてもいいんじゃない?

ターニャ 私はなにもかも大丈夫よ。ツリーは気に入った?(天井の明かりを消し、花輪に明かりをつける)とってもきれいだと思うわ。ママ、気に入った?

ソフィヤ だいたい何にも気に入っていないわよ! ターニャ、おまえに何があったのか、私には分からないとでも思っているの? 私は分かっているのよ、なんでおまえががっかりしているか。ターニャ、私は全部分かっているの。私には正直じゃないのね。それに、私は腹が立っているのよ! どうして嘘をつくことがあるの? そうする方が私にはお似合いなの?

ターニャ ママ、全部分かっちゃったのね?

ソフィヤ 目が見えていなくてもわかっているわ。ジーナは新年を私たちと一緒に迎えるつもりはないんでしょう! それが何なのよ? 意固地になるのはやめましょう! ターニャ、私の過ちを繰り返さないで! ジーナには若い仲間がいるのよ。あの子が楽しく過ごせることを祈っていましょう。あの子の人生でとっても幸せなことがあるようにね! 全部うまく行くわ。ターニャ、あの子がおまえのことを身近に知ることができたら、おまえにとって良い娘になるわ。ほら、いまに分かる時が来るわ!

ターニャ (ソフィヤを抱きしめる)ママ、愛しているわ!

ソフィヤ それなら今すぐ私のところから出ていきなさい! 聞こえているの? 今すぐに出ていくの! 私とつまらないことで言い争っている場合じゃないわ!

ターニャ 出ていく? 私が? どこへ? なぜ?

ソフィヤ イーゴリのところへよ! 新年は彼と一緒に迎えなきゃいけないわ。

ターニャ いやよ!

ソフィヤ 嘘をつかないの! とってもそうしたいくせに! ただ、私を一人残していくのを憐れんでいるだけだわ。でも、私はそうしてほしいの! そう言う権利があるの!!!

ターニャ ママ、それはできないわ!

ソフィヤ ターネチカ、いい子だから、全力でお願いしているのよ! 出ていきなさい!!!私は一人でも楽しく居られるから。おまえがイーゴリと一緒に新年を迎えてくれることをこんなにも望んでいるのよ。

ターニャ ママ、私は絶対にママを一人残していかないわ!

ソフィヤ 私から祝日を奪おうとするつもり? 一晩ずっとおまえのことで苦しんで、がっかりさせたいわけ? 私、考えていたの。もしも、私たちがここにいて、イーゴリがどこかで他の女性と会っているなんてことがあったら? 新年は思いがけないことが起こるものなの。ターネチカ、私はそんなことは耐えられないわ! もしも彼が私たちを見捨てたりしたら……彼のところへ行きなさい! おまえがいないだけで、私には本当の幸せな祝日を過ごせるの! あなたたちが並んで座って、踊ったり、笑ったり、黙りこんだりしているところを想像していることにするわ。私の幸せのためにしなければいけないことは、ただ一つ、おまえが出ていくことだけなの。

ターニャ 外はもう真っ暗よ! どうやって行ったらいいのよ?

ソフィヤ ママに守られてすっかり子供になっちゃったのね。タクシーを呼びなさい!

ターニャ 大晦日の夜にどんなタクシーを呼べるって言うのよ? あらかじめ予約しておかないとだめよ。

ソフィヤ たいしたことないわ! まだ9時じゃない! 市内の交通機関を使っても間に合うわ!

ターニャ 外は暗いし、湿っぽいし、じめじめしているわ。

ソフィヤ 通りの人達は祝日の楽しみを心に描きながら急いでいるわ。みんな親切で陽気なのよ。じめじめしているって? そんなもの、足元だけよ。上からはふわふわの白い雪が降ってくるじゃない! 私を信じなさい、外に出た途端に気分がすっかり変わるわよ。

ターニャ 私、少し寒気がする。たぶん、風邪を引いたんだわ。

ソフィヤ もっと厚着していきなさい。

ターニャ ママ、私はどこにも行きたくないの!

ソフィヤ ターニャ、それなら私のためだと思ってお願い!

ターニャ でも、ママはここで一人っきりで過ごすのよね?

ソフィヤ 一人っきりで?(笑って)くだらない! 私は、愛する人たち全員と一緒に過ごすつもりよ!

ターニャ いいわ。ママに負けたわ。

ソフィヤ ターネチカ、急ぎなさい!

 

ターニャは廊下に出て、コートを着て、部屋に戻ってくる。

 

ターニャ 準備できたわ!

ソフィヤ プレゼントは? イーゴリへのプレゼントは? 新年でしょう!

ターニャ もちろん、もちろんね、何か途中で買っていくわ。

ソフィヤ 何か、ってどういうことよ? イーゴリへは、何か、でいいの?

ターニャ ママ、心配しないで! 考えるわ!

ソフィヤ 私はもう思いついたわ!(謎めいて)私、気づいたことがあるの。イーゴリが初めてここから帰るとき、彼ったら、気が狂ったみたいにディケンズの肖像画のところへ突進していって、それを熱烈な視線でじっと見ていたでしょう。あれには訳があったのよ!たぶんね、イーゴリは私たちと一緒で、ディケンズを愛しているのよ! 彼にディケンズの10巻本をプレゼントしてあげなさい!

ターニャ でも、私たちの方こそ、ディケンズがなくなってしまったら、どうするのよ?

ソフィヤ おまえのディケンズがどこに行ってしまうっていうのよ? イーゴリと結婚しなさい、そうしたらディケンズは再び同じ本棚に戻ってくるわ。

ターニャ 10冊も持ち歩くなんて、私にはできないわ!

ソフィヤ そんなに重くないわよ! ターネチカ、お願いだから、怠けないでちょうだい!いろいろなことをイーゴリにほのめかしてくれるすばらしいプレゼントになるわ。

 

ターニャはかばんにディケンズをしまう。

 

ソフィヤ こちらへいらっしゃい! キスをしてあげましょう!(ターニャが近づく)どうしてそんな暗い顔をしているの? 笑って! ほら! そう! ぜんぜん違うわ! 大晦日の夜におまえが私のもとから出ていくなんて、私は幸せよ!(ターニャにキスをする)

ターニャ 私も、ママが幸せで、元気で、長生きできるように祈っているわ。

ソフィヤ 長くは生きられないわ! せいぜい1年ね。

ターニャ ママ、私ここにいるわ。

ソフィヤ それは許しません! イーゴリによろしくね!

 

ターニャはアパートを立ち去る。玄関では、すべてのアパートのドアの下から、陽気な雑音に混じって、快活なメロディーが聞こえている。

ターニャは自分のアパートのドアの傍にかばんを置き、その上に座りこむ。壁に寄りかかって座っている。二人のアパートで電話が鳴っている。ターニャは飛びあがり、聞き耳を立てて、いらだっているが、戻ろうとはしない。ソフィヤも部屋で電話の音を気にしている。

 

ソフィヤ (自分自身に)イゴリョークが電話しているんだわ……それともジーノチカかしら……でもターネチカはいないのよね。(おおと言ったり、ああと言ったりしながら、ふんばって立ち上がり、その後、壁つたいで少しずつ進み、途中にあるものをすべてつかまりながら電話の方に向かって話しかける)今ね、イゴリョーク、今行くから……今ね、ジーノチカ、私のかわいい孫娘!(電話にたどり着いた途端に、呼び出し音が止まる)ほら、もう一度! もう一度! やっとたどり着いたんだから! もう一度電話して! 大変なことじゃないでしょう! 私は役立たずなのねえ!(電話の傍にある椅子に腰掛ける)

 

ターニャも電話の音が止まったのを聞いている。再びかばんの上に座りこみ、かばんから本を一冊取り出す。

 

ターニャ 162ページ。(本を開いて、朗読しようとする)はたまたニューマンは、それは控え目でありながら有頂天で、双子の老兄弟は、それはご満悦で目配せのしっぱなしだったものだから、老僕は御主人様の背後に突っ立ったなりテーブルにぐるりと目をやりながらも、涙でじんわり潤むのを感じていた。(悲しそうに泣く)

 

ターニャがページに涙を落としながら読んでいる時に、始めは遠くから、そのうちだんだん近く、甲高く、奇妙なリズム感のない音が響いてきた。ようやく踊り場に、杖をついて肩に袋を担いだサンタクロースが現れた。袋からはクリスマスツリーが突き出ている。

 

ターニャ (飛びあがって)来ないで! 叫ぶわよ!

サンタクロース (ジーナの声で)あけましておめでとう!(ターニャにお菓子をふりかけて)新たな幸せおめでとう! うちから追い出されちゃったの? 私のせいで? そんな、驚かないでくださいよ! 私のこと分からないんですか? 私、ジーナよ! あなたの娘! 思い出しました? 私、あなたのところに行きたくなったの。新年だもの! 追い返さないでくださいよ、私考えたことがあって。それとも、あなた自身が追い出されちゃったみたいね! 荷物ごと一緒に!

ターニャ ジーナ?! おまえなの?!

ジーナ それじゃ、本当に私のこと、サンタクロースだと思ったの?

ターニャ ジーナ!!! すごい! 嬉しいわ! なんて面白いこと考えついたのかしら! 杖なんかついて来たりして、おかしいわ! あけましておめでとう! 新たな幸せおめでとう!(ジーナをゆすって)本物のサンタクロースね! 最後にサンタクロースがお客さんとして私のところに来たのは、半世紀前のことだったわ! 本物なのね!(ジーナを回したり、ゆすったりする)本物なのね!

ジーナ やめて、やめて! 杖も本物なのよ!

ターニャ 私にだって杖はあるのよ!(まっすぐにのばした足で歩き回って)二人で一緒に足の不自由な人になりましょう!(笑って、ジーナをゆする)

ジーナ 気をつけて! きゃあ、やめて! きゃあ、放してくださいよ! 転んじゃうわ!!!だめよ! 杖は本物なの! 誓って言うわ!(ターニャに倒れかかる)

ターニャ (ジーナを支えて、呆然として)本物の杖なのね? ジーナ、どうしたの?

ジーナ 神様が罰を与えたの。

ターニャ どういうこと?

ジーナ だから、神様が罰を与えたのよ。

ターニャ それは、神様が現れて、罰したっていうこと?

ジーナ そうではないの。バナナを食べては皮を捨てるあの男の子に託したのよ。あなたのことで神様は罰を与えたの。ターニャ、私を許してください!

ターニャ ジーナ、わからないわ、まったくわからない。

ジーナ あのとき、私、あなたがたの宝石を手に入れて、気が変になっちゃったのね。思ったの、これで、人生安泰だって! ここには、つまりあなたのところには2度と行かないし! あなたがたも、また考え直してしまうかもしれないって! それで、気が狂ったように、あなたのところから階段を降りていったの、呼び戻されないように、返せって言われないように、取り戻されないようにって! そうしたら、下で滑ったのよ。両足を捻挫したわ。昔、万引きしたとき、両手をちょんぎられそうになったけれど、今回はこのとおり。神様は両足に罰を下すことにしたのよ。あなたがたの宝石はお返ししようと思って。今までそれができなかったのは、足を上につるして寝ていたからなの。ターニャ、私を許してください! 私の両親は、本当に、いつも私のことなんかどうででいいと思っていたの。りんごだって買ってくれなかった! それなのに、あなたがたったらすぐにぽんっと先祖代々の宝石を愛するジーノチカにあげちゃうんだもの! 誰だって頭がおかしくなっちゃうよ! この宝石はいつかそのうちに1日だけ借してくださいね、それで体一杯に飾り付けて、野菜売り場に立ってみるの。売り場のみんな、ぶっとぶわよ。主任はうらやまそうな目つきで見るだろうな!

ターニャ おまえが来てくれるなんて、うれしいわ! なんて賢い子なの!(ジーナを抱きしめて、キスをする)うちに入りましょう! おばあちゃんを喜ばせてあげましょう! まあ!!! おばあちゃんだって?! 私ったら、作り話なんかして?! きっと気でも狂ったのね! 私、60歳なのに、何をいまさら作り話なんかしているのかしら?

ジーナ 60歳? そんな、どんなに意地悪な敵だって、あなたのこと50…7歳以上だとは思わないわ。うちの主任なんて55歳よ。あの人52だって嘘ついているけどね! それでも、3人の愛人がいるのよ! 信じられます? 健康に誓って言うわ! 3人よ! あなたのことを慰めているんじゃないのよ!個人的に3人みんなを知っているの。うちの荷物運びのグリーシュカでしょ、一人目! 酔っ払うと、自分は主任の愛人だって自分からしゃべりだすのよ。それから、年金生活している男で、主任のことを車で、身体障害者専用の車でだけど、送り迎えしている奴。それに検査員。まあ、こちらは検査があるときだけみたいだけど。でも外見で言えば、彼女は、例えばあなたと比べれば、足元にも及ばないわ。60歳でしょ! あなたは、今から遊ばなきゃ。遊んで、遊びまくるのよ! やっとそういう時が来たのよ!

ターニャ (笑って)まあ、ジーナ、あなたと出会えて、私はついていたわ、ああ、あなたは本当に良い人ね!

ジーナ 私が? 良い人だって? あなたの方が、良い人じゃない! 私の方があなたと出会えてついていたのよ! 私はあなたとだったら、人生のことを相談できるわ! ああ、そうしなきゃ! 今にでもそうしたいわ!

ターニャ 話しましょう、夜はまだ長いわ。さあ、どうしましょう? 一緒に白状しに行きましょうか? そうしないと、私の頭は嘘でいっぱい。

ジーナ 白状するって?! いったい何を? お祝いの日にあの世へあなたのお母さんを送り出したいの? あなたにとっては、真実が人生より大事だってこと? あなたのお母さんは、完全な子供じゃない! ところで、嘘の報酬として私にくれたお金は帰せないの、使っちゃったから!

ターニャ お金のことは気にしないで! それはたいしたことないわ。

ジーナ あなた方は聖人だね! お金はたいしたことないなんて! 先祖代々の宝石も、ほら、ジーノチカ、おまえにやるから、受け取りなさい!だし。

ターニャ ママはね、あなたが自分の孫娘だと思っているのよ。

ジーナ 私の両親は私が娘だってちゃんとわかっていたのよ。でも何をしてくれた? 人生で1度だって頭を撫でてもくれなかった!(泣きじゃくる)ターニャ、私からおばあちゃんを奪わないでください! 私のおばあちゃんはあの人だけだから! もうほかに親戚もいないの! おばあちゃんだけなの!!!

ターニャ それなら、「おまえ」で呼び合うことにしよう! 間違ったりしちゃだめよ! おまえとママ、分かったかい?

ジーナ 簡単よ。本心でできるわ。

ターニャ 元気を出していこう! うちに戻ろうか?

ジーナ 進め! いざ突撃だ!!!

 

廊下にいるソフィヤには気づかずに、ドアを開け、意を決して部屋に直接向かう。

 

ターニャ (堂々と、威勢良く)ママ! 見て、私たちにこんな嬉しいことがあるなんて!(急に我に返って)ママ! どこ行っちゃったのかしら?

ジーナ もしかして、用事で出かけちゃったとか?

ターニャ ママが外に出かけなくなって10年経つのよ。

ジーナ 盗まれたのよ! このご時世だから、どんなものも盗まれちゃうでしょう!

ターニャ 私はドアから一歩も離れていないのよ。

ジーナ 生きたまま、天に召されたんだ! あの人が私に先祖代々の宝物をくれたときから、どんなことが起こったって、もう驚かないと思うわ。

ターニャ (絶望的に)ママ!!!

ソフィヤ (叫んで)ターニャ! どこにいるの? 何があったの? 誰と一緒なの?

ターニャ (母のところへ飛んで行く)ママ! どうしてこんなところにいるの? 大丈夫なの?

ソフィヤ (ターニャのうしろで杖を持ってよろよろ歩いているジーナについて)その人は誰なの?

ジーナ 私は、森からやって来たサンタクロースだよ! 銀のあご髭が生えとるぞ! いつもどおり、元気で陽気なおじいさんだよ! 子供たち、あけましておめでとう!!!

ターニャ ママ、驚かないでね! 私たちのジーノチカなのよ! 私たちに会いたかったんだって。

ソフィヤ 孫娘!

ジーナ 私は、陽気なサンタクロースだよ、みんなにプレゼントを持ってきたんだよ。

ソフィヤ えらいわ! なんておもしろいことを考えたのかしら! 杖をついたサンタクロースさんね。とってもおかしいわ。こんなサンタクロースは見たことないわね。どうしたのかしら?

ジーナ これはね、両足を捻挫しちゃったんだ。

ソフィヤ (ターニャに)だから言ったでしょう! ちょっとした風邪だって! 危険なことない、危険なことないわって! でもほら、大変なことになってしまったじゃない?!

ターニャ ママ、部屋に戻らないと!

ソフィヤ 戻るわよ! 一人でも十分行き着けるわ!

ターニャ 私につかまって!

ソフィヤ 支えなしでも大丈夫だから! でも、ターニャ、気をつけて見ていておくれ。それで、ジーノチカ、おまえは離れておくれ、私が倒れかかって、おまえに怪我をさせたくないから。

 

ジーナは部屋に去り、ツリーを据え、その下に明るい色の包装紙でラッピングされたプレゼントを置いている。この間、ソフィヤはゆっくり、壁を伝って、部屋に向かっていく。

 

ターニャ ママ、気をつけて!

ソフィヤ もちろんよ! どんなことがあっても、もう転ばないわよ、ようやく幸せで平穏な生活が始まったのだから!

ターニャ ママ、しっかり私につかまったほうがいいわ。

ソフィヤ 大丈夫よ。じきに慣れるわ。隠居するわけにはいかないでしょう。こんな家族と居る限りは! どんなにたくさん心配事があることでしょう!

ジーナ (部屋で二人を迎える)みんなへのプレゼントは、楽しくて華やかなものだよ!

ターニャ ママ、座って、座って!

ソフィヤ ちょっと座って、またどこかへ行きましょうね。何しろ、新年ですからね!

ジーナ おばあちゃん、おばあちゃんにはカメラ!

ソフィヤ カメラを? 私に?!

ジーナ お互い写真を撮り合いましょうよ! 家族のアルバムを作るの!

ソフィヤ 若いころ、よく写真は撮ったけれど、今となっては忘れてしまったわ。

ジーナ 覚えられるよ! 思い出してみて! 夜はまだ長いんだから! それで、ママ、ママには、これ!(ターニャにきらきら光っている、首のあいたドレスをプレゼントする)お願い、着てみて! あの先祖代々伝わる宝石も少し多めにつけてね。ママがくれたお金は全部、ドレスに使っちゃったの。

ターニャ ジーノチカ、ありがとう! 私みたいな年寄りがこのドレス似合うかしら。

ソフィヤ 年寄りだと思うなら、子供にあげなさい。その子に着てもらえばいいのよ!

ジーナ ママ、着てみて!それを着たら、すぐに若返るよ。

ソフィヤ タチヤーナ、いいから、着てみなさい! どっちみち、そのドレスを着たらおまえかどうかわからなくなるんだから。

ターニャ 着てみるわ。(ドレスを持って退場)

ジーナ それじゃ、私たちはもう一本のツリーの飾り付けをしていましょう! お祭りごとは多ければ多いほど、良いからね。3人で楽しく座って時を過ごしましょう。(ツリーの飾り付けを終える)

ソフィヤ (カメラをよく見て)そう、若いころはたくさん撮ったわ! 夢中になってね。おまえのおじいちゃんを撮ってあげたりしたのよ。

ジーナ (ぼんやりしながら)どのおじいちゃん?

ソフィヤ おまえのおじいちゃんよ! 他に誰がいるの? うちにはおじいちゃんの写真がたくさんあるのよ。かわいそうに、長生きできなかったけれど! おまえに会うことができなかった! 確かに、仕組みはあまり変わっていないみたいね。世界自体はゆっくり変っているけれど。100年も200年も1000年も前と感情も喜びも同じなのよね。今まで生きてきて、そう思うわ。(ジーナに向かってシャッターを切り、フラッシュに驚く)まあ!

ジーナ おばあちゃん、驚かないで! それはフラッシュよ。どうして、あご髭付きの私を撮っちゃったの?

 

ターニャが新しいドレスを着て、ハイヒールを履いて、宝石をつけて入ってくる。

 

ジーナ すごい、ママを見て! かえるの皇女! 銅の山の女主人! 孔雀石の小箱だ![9]

ソフィヤ ところで、イーゴリは来るのかしら?

ターニャ 電話してくるはずよ。

ジーナ ママ、その格好で、うちの野菜売り場まで来てよ! うちの主任にぞんざいな感じで言ってやるわ、「この人は私のママ! 人参を買いにやって来たのよ。私が遊びに来たからボルシチを作ってくれるの!」って。

ターニャ (真面目に)必ず行くわ。ありがとう。

ソフィヤ (写真をとろうとして、調整している)ターニャ、もうちょっと左に立って、ツリーの間にね! 2つのツリーがうまく写真に入るようにね。親戚のみんなに送りましょう! ジーナ、ママの方に寄って! ターニャだけ撮るのはつまらないからね。

ジーナ それじゃ、あご髭は取るわ。

ソフィヤ あご髭があるのとないのを両方撮っておいた方が良いわ! ターニャ、笑って、笑って! なんで、おまえの目はそんな驚いた目をしているのかい。なんだかとんでもない出来事がおまえに降りかかったみたいじゃないかい。こう言っては何だけど!(シャッターを切る)準備できたわ! それじゃ、ターニャ、早く行きなさい! そうしないと、新年がすぐやって来てしまうわ!

ジーナ おばあちゃん、なんでママのことを追い出すの? どこへ行かせるの?

ソフィヤ おまえのお父さんのところへだよ! イーゴリのところへね。ジーノチカ、おまえは私とここで二人で楽しみましょうね。それにしても、こんなにすべてうまく行くとはね!

ターニャ でももうどこへ行くにも間に合わないわ! 新年はもうすぐそこまでやって来ているもの!

ソフィヤ だからこそ、時間を無駄にしないの! 走って出ていきなさい! 走ってね!走って!

ジーナ 男を追いかけるっていうのは、おばあちゃん、一番最後にした方がいいのよ! 男っていうのは、追っかけると、自分から逃げていってしまうものなの! 男からは逃げた方がいいのよ。そうしたら追ってきてくれるから! 男にはそういう反射作用があるの!でも男が悪いわけじゃないのよね。本人たちだって、それを嬉しいこととは思っていないかもしれないんだし。

ソフィヤ 年寄り同士が話し合っているときに、入り込んでこないの! ターニャ、彼のところへ行きなさい、行きなさい! 私たちのことは心配しないでいいから。

ターニャ ママ、わかったわ!

ソフィヤ ディケンズを忘れていっちゃだめよ!

ターニャはかばんを持って、廊下に向かう。電話が鳴る。

 

ターニャ (受話器を取り、嬉しそうに、希望を持って)そうよ! 私よ!!!(がっかりして)こんにちは、はりねずみちゃん! ありがとう! あなたの方こそ、あけましておめでとう!新たな幸せおめでとう! よろしく伝えてくれって? ひょっとして、イーゴリはあなたのところにはいないわよね? いいえ、よろしく伝えることはできないわ。いいえ、もちろん、彼はここにいないのよ。いいえ、ここには来ないわ。自信がある! だから、もし彼がそちらに行ったら、私からお祝いの言葉があったことをよろしく伝えておいてちょうだいね。いいえ、私のところには、本当に来ないの。そう、自信があるわ。さようなら!

ソフィヤ ターニャ!まだ出かけていないのかい!

ターニャ (部屋に戻って)うん、まだよ、ママ!(希望を持って)それってどういうこと?新年を私と一緒に迎えたいってことかしら?

ソフィヤ それは絶対にないわ! まだおまえが出かけていないのを心配しているのよ。一刻も早く出かけなさい!

ジーナ おばあちゃん、それって間違ってるわ! 運命的に間違ってるよ!!!

ソフィヤ 入り込んでこないの!

ジーナ ママの運命に無関心でいられる訳ないでしょう。

ターニャ 喧嘩しないで! 楽しんでくれていたほうがいいわ!(母にキスをして)ママ、健康を祈るわ! 幸せを! 長生きできますように!

ソフィヤ 長生きって? 1年か、2年が限度よ、それ以上は無理ね。

ターニャ (ジーナにキスをして)来てくれてどうもありがとう! 幸せを祈るわ!

ジーナ (ターニャを玄関のドアまで見送って)遠くに行っちゃだめよ! 向こうで待ってて!

ソフィヤ プレゼント、プレゼントは忘れないのよ!

 

ターニャは階段の踊り場に出て、かばんの上に座る。

 

ジーナ さあ、それじゃ、おばあちゃん、今年を見送らなきゃね!

ソフィヤ ずっと騒ぎましょう! 今日は思う存分飲むわよ!ほら、私にウォッカを何滴か……20滴ほど注いでおくれ! このジュースに直接ね。

 

ジーナは自分の分とソフィヤの分の飲み物を準備する。

 

ソフィヤ (落ち着きなく)ところで、おまえ、あまりたくさん注がないんだね、孫娘よ?

ジーナ 心配しないで、アルコールはこれで十分よ! 私はしっかり飲んできたから!

ソフィヤ おまえはたくさん飲む方かい?

ジーナ だいだいは、飲まないほうね。でも、今日は飲まなきゃ。今年に乾杯! 今年なんて、呪われてしまえ! なくなっちゃえ! 万歳!!! ばんざーい!!!

 

二人飲む。

 

ジーナ それじゃ、すぐにでもウォッカはあっちに持っていってしまいましょうね! おばあちゃんがいらいらしちゃわないようにね!(ウォッカとグラスを持って、階段の方に出る)ママ、そちらはいかが?

ターニャ ありがとう。まあまあ悪くないわ。ちょっぴり一人ぼっちだけど。でも、心の中ではみんなと一緒だから。

ジーナ 今年を見送りましょう! 持って!(グラスを渡す)

ターニャ まあ、何、アル中みたいに階段で飲もうっていうの?

ジーナ でも飲まなきゃだめなの! 全く飲まないよりも、階段で飲んだ方がいいでしょう! それは誰にとっても当然のことよ!

ターニャ おつまみなしで?

ジーナ 1度にすべては無理よ! 大事なのは飲むこと! おつまみの方は、あとでちょっとずつ持ってきてあげるわ。今年に乾杯! 今年なんて呪われてしまえ! 話し合わなきゃね……ママ! 万歳! ちびちび飲まないで! すぐに酔っ払っちゃうわ、一晩中飲みつづけなきゃいけないのに。体中宝石をつけたまま階段で倒れこんじゃうわよ。さあ、もう一杯飲み干して! そうしないと、次はいつこっちに出て来れるかわからないから。

ターニャ まあ、ジーナ、もうアルコールはたくさん飲んだわ。

ジーナ ここでは飲まなきゃだめよ。風邪を引いちゃうわよ。何も見えないように、目を閉じて、鼻をつまんで飲むの!

 

ターニャは目を閉じて、ためらいながら、ゆっくりと飲む。

 

ジーナ ところで、私はというと、妊娠しているんだ。でも夫は過去もいなかったし、今もいないし、未来のことはわからない。でも私は40! どうするべき? ほら、目は開けないで、止まらない! 飲んで、飲むのよ!

 

イーゴリがサンタクロースの格好をして、背中にツリーをかついで近づいてくる。

 

ターニャ (飲み干してから目を開ける)まだそんなにたくさん飲んだわけじゃないのに、サンタクロースが2人もいるわ!

ジーナ 同僚がやって来た。私たちはそれぞれ自分の分を注ぐけど、あなたは(イーゴリに)ボトルから飲んで。

ターニャ 私ったらなんてざまかしら。玄関で三人で飲み交わすなんて。(ジーナにイーゴリのことを聞く)おまえは彼のことを知ってるの?

ジーナ この人のこと? もちろんよ!

ターニャ どなた?

ジーナ サンタクロースよ。

ターニャ なるほどね! 今年に乾杯!

 

三人、グラスを触れ合わせて、飲み干す。

 

ジーナ (イーゴリに)あなたのツリーをちょっとむしってもいいですか?(ターニャに)ママ、匂いを嗅いでみて! そうしないと、酔っ払っちゃうよ!

 

部屋の中。

 

ソフィヤ (肱掛椅子から立ちあがって、入り口のドアの方に進んでいく)ジーナ! ジーナ!!! どこへ消えてしまったの?!

ジーナ 呼んでいるわ! さみしがらないでね。すぐにこちらにシャンパンを持って出てくるから!(ソフィヤをつかまえて、テーブルの方へ戻す)おばあちゃん、どうしたの、今日はよく走り回るのね? 10年間じっとしてたんでしょう、それなのに、今になって走り回るようになったの?

ソフィヤ どこへ消えてしまったのかい? 心配していたんだよ。

ジーナ トイレに行っていたのよ。

ソフィヤ トイレは反対側よ!

ジーナ それでも、私は外がいいの! 田舎にいたときの習慣でね。25年間都会に住んでいるけれど、ずっとこの習慣は残っちゃったんだ、まいったな。

 

階段で。

 

イーゴリ 新年はここで迎えるおつもりですか?

ターニャ そうですね。それが何か? どうして驚いていらっしゃるの?

イーゴリ いや、いや、なんでもありませんよ。私はここにいるのが気に入っているんでね。新年をあなたと一緒に迎えてもよろしいでしょうかね?

ターニャ どうして、二人もサンタクロースが来たのかしら? 私のところに二人来てしまったら、どこかで足りなくなるかもしれないわ。

イーゴリ わかりました。帰ります。冗談はうまくいかなかったか。(眉毛と口髭、あご髭と一緒に帽子を取り、赤い鼻だけ残す)

ターニャ 今度は私にストリップショーを催してくださるの? サンタクロースだったのに、ピエロになってしまったのね。

イーゴリ 僕はあなたに謝りに来たんです。心配しないでください、僕はすぐに帰りますから。(鼻を取る)

ターニャ すっかり脱いでしまったりなさらないでくださいよ! ピエロだったのに、イーゴリになってしまったわ!

イーゴリ 僕はあなたに謝りに来たんです。

ターニャ (笑って)びんたのことね? 謝らないでください!(高笑いする)今まで一度も誰からもびんたされたことはなかったんですよ! あなたのびんたは、私のなかでは、すばらしい思い出です。なんで私のことを見つめているんですか? 酔っ払いみたいに見えますか? それがどうかしたのかしら? もう、新年ですしね! どっちにしたって、お叱りになるんでしょう、そうよね?

イーゴリ 感激です! あなたは本当にお美しい方だ! 僕にはこれから2度とこんなことはありえないでしょうね!

ターニャ そうかしら? そういえば、はりねずみちゃんからよろしくって。ついでに言っておくと、あのこねずみちゃんはあなたのことを待っているわよ。

イーゴリ それって、僕にすぐ帰れ、ということですか?

ターニャ 何もそんなことを言おうとしていないし、考えてもいなかったわ! ただ、あなたによろしく伝えるように頼まれたから。だからそうしたのよ。

イーゴリ そういえば、僕はあなたにプレゼントがあるんですよ。

ターニャ 私からもあなたにプレゼントがあるのよ。(足でかばんを押して)ほら。この中にね。私ったらかなりの酔っ払いね! もしプレゼントの方に身をかがめたら、倒れてしまいそうよ。ご自分で取ってくださいね!

イーゴリ もうちょっと後にしますね。今は、どうかあなたのお手をお願いします! 右手を。

ターニャ 絶対にいやよ!(手を差し出す)まあ!(手を引っ込める)左手だったわね。今、右手はどちらか確認しましょう。ほら、右手ね。でも、本当に右手かどうか、お調べになって。私が間違っているかもしれないわ。心臓はどこ? ここにあるわね。それなら、右手は分かったわ。でもどうして? まあ! 指輪!

イーゴリ ひょっとして指輪が合わないとか、気に入らない、なんてことがあったらどうしようって、心配だったんですけど。

ターニャ 合わないって? ぴったりよ! それに気に入ったわ!

 

イーゴリはターニャにキスをするために身をかがめる。

 

ターニャ まあ、どうかなさったの?

イーゴリ (笑って)僕は大丈夫ですよ!

 

時計のチャイムが鳴るのが聞こえてくる。

 

イーゴリ 明けましておめでとう! 新たな幸せおめでとう!

ターニャ 話をいつもはぐらかさないでくださいな!

 

イーゴリはもうほとんどターニャにキスをしているところだが、そこへジーナがシャンパンとグラスを持って現れる。

ジーナ 明けましておめでとう! 新たな幸せおめでとう! 邪魔しないわよ! シャンパンは3人分で足りると思ったけど、やっぱりおばあちゃんのところへ戻るわ! まあ! この人はパパなのね! パパ、明けましておめでとう! 新たな幸せおめでとう! でもどうしてこんなところにみんな突っ立っているの? 新年は、家族で祝う日なのに! パパを迎えるのは、家の中でするものでしょ、玄関なんかじゃなくって!

ターニャ そうね、どうしてあなたこんなところに立っているの?

イーゴリ ちょっと立ち止まっていたんですよ、でももう入りましょう!

ターニャ そうよ、うちに入りましょう!

イーゴリ 僕を招いてくれるんですね?

ターニャ かばんはもってきてくださいね! その中にあなたへのプレゼントがあるんだから!

イーゴリ 重い!ちょっと覗いてもいいですか?

ターニャ もちろんよ!

ジーナ (かばんの中を覗いて)なんて人たちなの! 全部プレゼントしてしまうつもりだったなんて! 全部うちから運び出しちゃうつもりなの!

イーゴリ (見る)おお、すごい! 今度もディケンズか!

ターニャ 私とママから……それにジーノチカからよ。

 

アパートの中。

 

ソフィヤ (またしても立ちあがろうとする)ジーナ! ジーナ! いつもどこへ消えてしまうんだい? トイレは左だって言っているのに!

ジーナ (走ってきて)いつもおばあちゃんのところへすぐ走ってきているでしょ!(ソフィヤを抱きしめて、肱掛椅子に座らせる)おばあちゃん、そんなにすぐに飛び上がっちゃだめよ! 私たちのためにも、どうか体を大事にしてちょうだいね!

 

イーゴリが再び衣装を着て、ツリーとかばんを持ち、サンタクロースとなってソフィヤの目の前に現れる。

 

ソフィヤ ツリーが3つ、サンタクロースが2人も!(シャッターを切る)これには、親戚の人たちも驚くわよ!

 

イーゴリはツリーを据える。ジーナは急いで飾り付けを始める。飾りの中には、先祖代々伝わる宝石が含まれている。イーゴリはディケンズの本を本棚に並べている。

 

ソフィヤ ターニャ、ディケンズのこと、言ったでしょ!(ずっと写真を撮りつづけている)ところで、ターニャ、こんなところで何しているの? ここにいて何か忘れていることはないの? 本当はどこにいなければいけないのかしら? 誰と一緒のはずなの?

 

ついに、イーゴリがかつらと口髭、眉毛、鼻と帽子を取る。そしてターニャを抱きしめる。

 

イーゴリ ソフィヤ・イヴァーノヴナ、明けましておめでとうございます! 新たな幸せおめでとうございます!

ソフィヤ フレームに、ツリーが3本、新郎と新婦が収まったわ!(ずっと写真を撮りつづけている)

 

ジーナは、衣装を脱ぎ捨て、イーゴリとターニャの傍に立つ。

 

ソフィヤ フレームに、家族が収まったわ。(シャッターを切る)

ジーナ 実は私、妊娠しているの。産むか、産まないか? それが問題!

ソフィヤ (カメラを落として)おまえ、妊娠しているのかい? 私に曾孫ができるってことかい?

ターニャ (ジーナを抱きしめて)産むことよ! 私……たちパパも、ずっと応援してあげるから!

ソフィヤ そうよ、私が生きている間もね!

イーゴリ 僕たちには別荘がある。赤ん坊と一緒に出かけよう。自然の中で、その子を育てよう!

ソフィヤ 二人の別荘は本当に遠いところにあるのよね!それに小川もないし。森もないのよ。私、おまえと一緒に行くわ!手伝ってあげましょう。(ジーナを抱きしめて)死ぬ間際になって、どれだけいろいろなことがあったことでしょう。

ジーナ おばあちゃん、私、おばあちゃんのことが好きよ。

ソフィヤ ジーノチカ、どうか悲しまないでおくれ。私には、あなたちと一緒にいられるのは残りわずかだという予感がするんだよ……

ジーナ おばあちゃん!

ターニャ ママ!

イーゴリ お母さん!

ソフィヤ いいえ、いいえ、説得しないでおくれ! もうすぐ……もうすぐ……。あと2,3年……死は恐れていないわ! ただ、一つ心配なことがあるの、赤ん坊には父親がいるべきなのよ!

ジーナ 私だってそれが誰なのか、何か分かっていればいいんだけどね!

ターニャ この世には、未婚の母であふれているわ!

ソフィヤ そんな話聞きたくありません! ジーノチカは、美人でしょ。やさしくって、陽気で、しっかりしている子なのよ! 子供に父親がいなかったら、誰一人、私の気を静めることなんてできないわ!

ターニャ ジーナ! お嫁に行かなきゃならないようね。おばあちゃんが何かを固く信じ込んでしまうとなると…

 

ドアをノックする音。

 

ターニャ 私たち、誰かを待っていたかしら?

ソフィヤ もちろんよ! さあ、ジーナ、開けなさい!

 

 

注意:

     公演は、作家の書面での同意に基づいて行われること。

     テキストの変更箇所は、作家の書面での同意に基づいて行われること。

 



[1]ターニャによる朗読部分の翻訳にあたっては、チャールズ・ディケンズ『ニコラス・ニクルビー』(下)、田辺洋子訳、こびあん書房、2001p.466を大いに参照した。第二部冒頭及び第三部中間部の朗読部分も同様。

 

[2] かっこうの鳴きまねをしている。

[3] フルシチョフ時代に建てられた、5階建ての画一的なアパート。

[4] スペインにあるカナル諸島のこと。

[5] 俗語が使われている。作者によると、結婚前なのにソフィヤと夫が性的な関係を持っているところをうっかり誰かに見られてしまったという意味が込められている。ソフィヤは昔のことを思い出しながら、つい口に出してしまう。

[6] 中央アジア、南シベリアの遊牧民の円錐状の組み立て式家屋のこと。

[7] かっこうは自分の卵を他の鳥の巣に置いていくために、この表現が用いられている。

[8] トレチャコフ美術館には宝石は所蔵されていないため、ここでは、ジーナに教養がないことが仄めかされている。

[9] 「蛙の皇女」は、始めは醜い蛙だが、周りから愛されるようになって美しい皇女に変身するロシアのおとぎ話。「銅の山の女主人」は、気の強い女主人が男を誘惑するおとぎ話。「孔雀石の小箱」も同様に、ロシアのおどぎ話の中で主人公へのプレゼントとして出てくる。